間違いだらけの「日本のBIMの常識」Vol.3 日本の「BIM実行計画(BEP)」の誤用から脱却せよ日本列島BIM改革論〜建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ(12)(3/3 ページ)

» 2025年11月19日 10時00分 公開
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国際規格ISO19650-2のBIM実行計画(BEP)の内容

 先ほどの図で説明したBIM実行計画の内容について、いくつか解説を加えたい。

a)情報マネジメント機能を担当する要因の任命

 情報マネジメント機能を担当する要員は、実質的にはそのプロジェクトの元請受託組織の情報マネジメント責任者と考えてよい。ISO 19650には、BIMマネジャーやBIMコーディネーターといった役割の記載はない。しかし、情報マネジメントの運用に責任を持つ者は必要なので、それを担える経験や知識を持った者を選任する必要がある。

b)情報デリバリー戦略

 情報デリバリー戦略とは、発注組織の情報交換要求事項に適合するために、デリバリーチームがどのような目的や組織、体制、方法、手順、役割分担で、協働的に情報を生産し、引き渡すかを定める基本方針を指す。NBIMS-US V4のBIM活用(BIM USE)も、発注組織の要求事項に応えるためのデリバリーチームのアプローチとして、BIMモデルの手法を選択しておくことでもあるので、広義に解釈すると、ここに含められるだろう。

c)複合モデル戦略

 複合モデル戦略は、情報モデルを機能、空間、形状などで分割し、情報コンテナ同士の関係とタスクチームの責任範囲を整理することで、協働的に必要な情報詳細度まで計画的に生産/管理するための基本方針。BIMモデルにおける複合モデル戦略とは、各チームが作る別々のモデルの作成や責任範囲のことで、決めておかねばBIMモデルの重複や欠落が起きる可能性がある。

d)ハイレベル責任分担表

 ハイレベル責任分担表は、複合モデル戦略の元に、モデルの要素と成果物に関する責任分担の概要を示したもの。詳細な責任分担表は、受託時に作成する。

e)情報生産手法および手順と情報標準の追加変更提案

 情報交換要求事項(EIR)に記載されている「プロジェクトの情報生産手法および手順」と「プロジェクトの情報標準」の追加変更提案は、発注組織から要求のあった項目に対し、対応が難しい項目が含まれていた場合、変更を提案するものとなる。情報交換要求事項(EIR)は、受託(契約)文書の1つにもなるので、できないことを受け入れてはならない。

f)採用予定のソフトウェア、ハードウェア、ITインフラの提案

 採用するソフトウェア(バージョン含む)、ハードウェア、ITインフラの構成は、設計・施工に用いるソフトウェアの種類やハードウェアのスペック、ITインフラ(通信環境)などを明示することだ。不足していたら、情報の協働作業自体に支障を来すので、実施できる環境を構築しておくことが求められる。

 このように、ISO 19650-2におけるBIM実行計画(BEP)は、設計・施工の情報マネジメントの枠組みの中で、設計・施工全体の業務内容について、発注組織からの情報交換要求事項(EIR)に対する応答の1つとして機能するものだ。

日本のBIM実行計画

 日本でのBIM実行計画がどのようなものか、簡単に触れておく。日本ではBIMが、BIMソフトウェアによる3次元モデルと考えられており、そのため、BEPもBIMモデルをどのように作って活用するかの視点で作られている。

 例えば、プロジェクト概要、実施体制、工程、ソフトウェアなどの項目があるが、いずれもBIMモデルを作成するための項目で、設計・施工そのものの内容ではない。そのため、BIMモデル作成に必要となる座標系やモデル区分、LODなどを細かく定める傾向にある。

 こうした上で策定するBIM実行計画は、BIMモデルの作成と活用の計画であり、その考え方はNBIMS-US V4に似ているが、プロセスや情報交換まで考慮したNBIMSのBIM実行計画とも違い、日本独自の内容となっている。なによりも、国際規格ISO 19650の主題となっている「情報マネジメント」の観点が欠落している。

 そのため、BIM実行計画(BEP)をどのようなものとするかは、何のためにそれを利用するのかを最初に考えておくべきだろう。

世界の常識としてのEIRとBEPの本質的な理解のために

 BIMが単なる3次元モデリング技術を超え、設計・施工・維持管理のあらゆるプロセスを対象とした情報マネジメントの枠組みと国際的に認識される中、中核をなすEIR(情報交換要求事項)とBEP(BIM実行計画)の正確な理解と運用が求められている。

 本稿では、EIRとBEPの歴史的背景から、国際規格ISO 19650のBIM実行計画(BEP)についての本質的な意味を解説した。

 特に、EIRが契約上の「情報の要求事項」としてサプライチェーン全体に浸透し、BEPがそれに応答する「情報マネジメント計画書」として機能する構造は、プロジェクトの品質、整合性、透明性を支える基盤だ。

 しかし日本では、EIRがモデル納品の仕様書として矮小化され、BEPがBIMソフトウェアで作成するBIMモデル社内手順書にとどまる傾向があり、本来EIRとBEPが担うべき契約的かつ戦略的な役割が十分に果たされていない。こうした現状を打開するには、発注者と受注者の双方が、BIMを「情報の価値」を中心に据えた“全体最適の仕組み”として再定義する必要がある。

 EIRとBEPは「作ること」自体が目的ではない。設計・施工での情報の流れと責任を可視化し、業務と連携させる「思考と運用のフレームワーク」として活用する文化の醸成が求められる。ISO 19650が提示するEIRとBEPの考え方は、単なるお堅い国際標準と捉えてはならない。建設産業が分断された「情報の流れ」を結び直すための「実践的ガイドライン」だ。この本質を見失わず、実務の中に落とし込むことで、日本のBIMが次の段階へと成熟していくことが期待される。

 次回は、間違っている用語の最後として、CDE(共通データ環境)の正しい理解について説明する。

著者Profile

伊藤 久晴/Hisaharu Ito

BIMプロセスイノベーション 代表。前職の大和ハウス工業で、BIMの啓発・移行を進め、2021年2月にISO 19650の認証を取得した。2021年3月に同社を退職し、BIMプロセスイノベーションを設立。BIMによるプロセス改革を目指して、BIMについてのコンサル業務を行っている。また、2021年5月からBSIの認定講師として、ISO 19650の教育にも携わる。

近著に「Autodesk Revit公式トレーニングガイド」(2014/日経BP)、「Autodesk Revit公式トレーニングガイド第2版」(共著、2021/日経BP)。

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