これまで日本列島BIM改革論では、日本の建設業界が抱える多様な課題や問題点を挙げてきた。こうした課題の根本的原因は、「つながらないBIM」にある。これは、BIMの仕組みが企業ごとに異なっていることから起きる。まさにこれが、建設業界の「危機構造」の根源的な原因ともいえる。私は日本のBIMがつながるように、「BIM Innovation HUB」を設立するとともに、「共通BIM環境」を提唱する。BIMの最適な環境整備によって、建設業界の危機構造を脱却するための一歩が踏み出せるに違いない。
日本のBIMの特徴の1つが「つながらないBIM」だ。令和2(2020)年に公表された建築BIM推進会議の「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン(第2版)」でも、日本でのBIMの導入/活用が、設計・施工においてプロセスごとに限定的なものにとどまっていると指摘されている。
つながらないBIMは、各社がBIMによる業務の部分最適から先に進めないことに起因している。例えば、設計・施工分離発注の場合は、設計事務所が設計段階で作ったBIMモデルは、ゼネコンの施工段階で活用できていないし、運用(維持管理)段階へのつながりも実験的なものに限られている。
だが実際は、“つながらない”のではなく、“つながることができない”のが現実だ。設計は、設計のためにBIMモデルを作って設計作業を行っているため、施工でそのまま使える訳ではない。つながるためには、事前につながることを意図した共通の仕組みが必要となる。
しかし、企業の壁を越えた共通の仕組みというものが、日本にはまだない。そのため、渡されたBIMモデルは、3D形状による干渉チェックなどを目的としており、施工図を描くためのデータとするにはかなりの調整作業が必要で、イチから書いたほうが早い。
設計事務所からは、ネイティブデータを渡すと、自社のノウハウや部品(ファミリ)の転用などの恐れがあるから渡せないとか、ゼネコンからは、設計のBIMモデルは精度が低くて使えないとか、施工担当者が納まりなどの確認をするためにはイチから書くべきだなどと言って、そもそも「BIMによるつながり」を認めていない。
このように、「つながることのできないBIM」のままでは、BIMによる生産性を上げることは難しく、「企業を越えた共通のBIMの仕組み」が必要とされている。
ここで共通化が必要となる「BIMの仕組み」とは、どのようなものかを説明しておく。BIMソフトウェアRevitのモデルは、壁/床/天井/部屋といったあらかじめRevitのソフトの中でシステムとして設定されている部位(システムファミリ)と、窓/ドア/衛生設備といった部品として読み込んで使う部位(コンポーネントファミリ)で構成されている。こうしたファミリで作られたモデルに属性情報を入れ、その情報で集計表や図面が作る(図2)。
★連載バックナンバー:
『日本列島BIM改革論〜建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ〜』
日本の建設業界が、現状の「危機構造」を認識し、そこをどう乗り越えるのかという議論を始めなければならない。本連載では、伊藤久晴氏がその建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオを描いてゆく。
例えばドアの部品(コンポーネントファミリ)が、あるプロジェクトで使われていた場合は、そのドアには必要に応じて、建具記号/開き勝手/材質/メーカー名/品番/耐火性能/遮音性能などの情報(属性情報)を入れる。この部品をプロジェクトモデルに配置することで、取り付け位置やどの部屋とどの部屋の間の壁に取り付けたものかといった情報も自動的に付加される。
こうして作った3次元のBIMモデルを平面や断面のような形で表示し、寸法を入力して属性情報をタグなどで表示することで、図面(平面図/矩計図/展開図など)が作成できる。2次元CADでは、その都度、情報を文字で書きこんでいたが、Revitでは、部材に入れている情報をタグなどで表示しているだけなので、モデルの属性情報を変更すれば、瞬時に全ての情報も確実に修正される。さらに、配置されたドアの数は、指定した建具記号などに分類して集計できる。Revitでは、この手順で建具表を作っている。
このような利点はBIMソフトウェアの特徴ともいえるが、物件ごとに図面表現を変えることには向いていない。点と線と文字で書かれた2次元CADは、紙に絵を描くように自由に図面を書けるが、RevitなどのBIMソフトウェアでは、図面はシステム的に作られるものなのでインプットとアウトプットは変えない方がよく、自由な図面表現には向いていない。Revitで2次元CADのように自由な図面表現を要求すると、その仕組み自体を変えなえければならない。
この部分を理解できず、2次元CADのように自由な図面表現を要求することが、BIMで生産性が上がらない1つの原因になっている。言い換えればRevitが、モデルによる情報入力のインタフェースをもったデータベースであることを意味している。Revitによる設計作業とは、設計担当者によるモデル作成を通して、Revitというデータベースに情報を登録している作業と考えれば分かりやすい。つまり、自由な図面表現をRevitに求めることは、データベースのシステムを更新しながら作業することを意味する。
BIM(Revit)モデルによる情報作成の仕組みが図2だ。図2のように、実務的に活用できるモデル/集計表/図面といった情報を作るためは、プロジェクトテンプレートで、パラメータや線種/文字種/ビューテンプレートなど多数の設定をしておく必要がある。当然ながら、読み込んで使う部品(コンポーネントファミリ)も、プロジェクトテンプレートの仕組みと合致していなければならず、そのためにモデル作成基準やこれに従ったファミリテンプレートを策定しておかねばらない。
こういった仕組みは、いくつかの団体から提案されているので、各企業は参考にしているが、実質的には企業ごとに作られているので互換性は低い。後追いBIMであれば、正確な数量を出したり、図面を作成することがないので、そもそも仕組みの違いは問題にならないが、設計自体をRevitのモデルで行い、必要に応じて集計や図面を作成するということを実務レベルで効率的に行うには、緻密で複雑な仕組みが必要となる。しかし、この仕組みが各社で違うため、下図3のように、業務の一部でRevitを使っていても、つながりを前提としない業務の部分最適だけにとどまっている。
「つながらないBIM」で建物を作るための情報の主役は「図面」だ。いくら品質の高いBIMモデルを作っても、BIMモデルは情報の主役ではない。いうなれば現状の日本の建設業界が、システム化されたBIMの仕組みを理解できておらず、図面本位の仕事からいつまでも脱却できないために、本来のBIMの価値を獲得できないことを示している。
こういった問題が根底にあるため、このままではいつまでたっても、日本のBIMが部門や企業を越えてつながることができず、結果として生産性向上には遠く及ばない。
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