VR/ARが描くモノづくりのミライ 特集

【第20回】土木工学の新たな扉を開ける“デジタルツイン” 最新研究にみる「ミラーワールド」の可能性“土木×AI”で起きる建設現場のパラダイムシフト(20)(2/2 ページ)

» 2023年08月31日 10時00分 公開
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山岳トンネル工事でのデジタルツイン活用

 土砂災害のリスクは、2次元地図上のハザードマップの形で表示されることが一般的です。文献4では、土石流について、土石流の流動や土砂の堆積範囲を予測した結果を、仮想空間内でVR技術(動画)により、一目で理解できる試みを行っています。

 また、VRデバイスを利用することで、いろいろな視点から複数の住民参加者が同時に土石流災害をリアルに体験できます。

土砂化シミュレーションの可視化 土砂化シミュレーションの可視化 出典:※4

※4 「メタバースを活用したハザード・マップの高度化に向けた実践的取り組み〜iHazard map project〜」原田紹臣,藤本将光,里深好文,水山高久,松井保,武井千雅子/AI・データサイエンス論文集4巻2号p102-113/「科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)」/2023年

 トンネル掘削中に湧水が発生すると、トンネル切羽の崩壊や坑内の水没などが生じる危険性があります。

 そこで、文献5では、トンネル掘削時に取得されるさまざまな情報のうち、「切羽湧水量」と「施工時地山調査結果」を仮想空間に再現し、リアルタイムに情報を更新することで、下図のようなモデルでシミュレーションにより、切羽湧水量を予測しています。デジタルツインを活用することで、3次元の地質構造をトンネルの掘削に伴って逐次更新したり、専門技術者以外の関係者にも理解を得られる形で結果を表示したりすることが実現します。

トンネル解析モデル トンネル解析モデル 出典:※5

※5 「デジタルツインを活用した地下水流動予測技術地山予報システムの開発」福田毅,岩永昇二,吉河秀郎,細野賢一/AI・データサイエンス論文集4巻2号p67-72/「科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)」/2023年

自動運搬だけでなく、出来形計測も同時に行うロボット

 建設現場のDXでは今後、ロボットの活用が切り札の一つになると予測されます。ロボットが自律的に建設現場の中を移動するには、何らかの形で自らの位置を知る必要があります。そのため、レーザースキャナーやカメラなどの計測結果から、自己位置を推定しながら、同時に周囲の環境地図作成を行う「SLAM(Simultaneous Localization and Mapping)」と呼ばれる技術が取り入れられています。身近なところでは、家庭用のロボット掃除機やファミリーレストランの配膳ロボットなどにも用いられている技術です。

 文献6では、建設現場での資材運搬ロボットの利用について検討しています。下図左が資材運搬ロボットです。下図右のUAVで取得した点群データを初期の地図とし、作業者が指示した箇所に自動で資材を運搬します。その際、単に資材を運搬するだけではなく、ロボットで計測された結果によって、橋脚の出来形の計測も同時に行うというパラレルワークの運用が試みられています。

 このように、デジタルツインはロボットの効果的な運用の前提となりますが、ロボットによる計測をデジタルツインに反映することで,他の業務に役立てるなどの“一石二鳥”の活用が見込めます。

資材運搬用ロボット(左)と点群による地図(右) 資材運搬用ロボット(左)と点群による地図(右) 出典:※6

※6 「インフラのデジタルツインを実現するi-Con Walkerの資材搬送実証」山崎文敬,柿市拓巳/AI・データサイエンス論文集4巻2号p84-88/「科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)」/2023年

 デジタルツインは、世界的にも、建設産業を飛躍的に進化させる大きなうねりになりつつあります。現実空間を仮想空間に再現した3次元モデルで、これまでは肉眼で見えなかった部分でも誰にでも分かりやすい可視化や高精度のシミュレーションが実現されつつあり、作業ロボットの自律的な運用なども可能になってきています。

 これまでの土木工学では、2次元の図面や地図から完成形や状況を考えたり判断したりしていました。しかし、デジタルツインによって、現実と同様の3次元データを扱えるようになることで、土木工学も全く新しい姿に変わっていくことが期待されます。

著者Profile

阿部 雅人/Masato Abe

ベイシスコンサルティング 研究開発室 チーフリサーチャー。防災科学技術研究所 客員研究員。土木学会 構造工学委員会 構造工学でのAI活用に関する研究小委員会 副委員長を務めた後、現在はAI・データサイエンス実践研究小委員会 副委員長。インフラメンテナンス国民会議 実行委員も兼任。

近著に、「構造物のモニタリング技術」(日本鋼構造協会編/コロナ社)がある。

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