DIYの下地が無い日本でも欧米に遅れること、都市の中で市民誰もがモノづくりを行える工房「FabLab(ファブラボ)」が各地に開設されてから数年が経つ。建築の領域では、マテリアルを切削や積層して形づくる3Dプリンタが、ゼネコンを中心に研究されているが、業界の裾野まで浸透するには、海外とは異なり法令規制など幾多の課題が立ち塞がっているため、まだ時間を要するだろう。しかし、デジファブによって、建築の産業構造そのものを脱構築し、建築モノづくりの手を市井の人に取り戻そうとする意欲的な建築家 秋吉浩気氏が現れた。
デジタルテクノロジーで、建築産業そのものの構造変革を掲げる建築テック系スタートアップの設計集団「VUILD」。専門家でなくても誰もが設計者となり、自分の望んだ暮らしを創っていける“建築の民主化”を標榜(ひょうぼう)し、デジタルファブリケーションで建築のバリューチェーン全体に化学反応を起こして、中央集権化している建築の産業構造からの突破口となることを目指している。
これまでに、SDレビュー入選(2018、2019)、Under 35 Architects exhibition Gold Medal賞(2019)、グッドデザイン金賞(2020)など、有望な若手建築家に与えられる数々の賞を受賞。まさにニューノーマル時代の建築の在り方を導くキーになる存在として、業界内外から熱い視線が注がれている。
インタビュー前編では、建築家・秋吉浩気氏にVUILD立ち上げまでのいきさつやデジタルファブリケーションの核となる木工CNCルーター「ShopBot」で生まれた作品群について伺った。後編では、6メートルの大型加工機を新たに導入して2020年春にオープンした本牧工場の狙いと、「デジタルファブリケーション」×「コンピュテーショナルデザイン」の融合で拓ける建築モノづくりの可能性について訊いた。
VUILDでは、2020年5月にバージョンアップしたクラウドプレカットサービス「EMARF 3.0(エマーフ 3.0)」に先行投資する形で、神奈川県横浜市中区本牧に新工場をオープン。同工場には、イタリア・BIESSE(ビエッセ)製6メートル幅のターニングマシン(CNC木工旋盤)「Rover」を2台導入。3軸のCNC加工機ShopBotでは、2.5次元の加工に限られていたが、EMARFの機能拡張とともにRoverによって5軸の加工となったことで、加工範囲の制約が解消され、より複雑かつより大型のマテリアルにも対応できるようになった。
これまでデジタルファブリケーションが建築領域で普及しなかった理由について秋吉氏は、設計者がデジファブへ容易にアクセス可能なインフラが存在しなかったことと、自分たちとは別の世界の特殊なモノとして見てきた固定観念の2つを挙げる。
その点、EMARF 3.0のコンセプトは、CADの専門知識が必要でコストや納期などの縛りで諦めざるを得なかった木製部品の製造を“手軽”にしたことにある。オンラインでCADデータを入稿し、VUILD本社や本牧の新工場だけでなく、提携する北は北海道から南は九州までのShopBot導入拠点と連携することで、全国の建築設計者が自分の工房を持ったかのような感覚で、マシンに接続して作品を生み出せる環境が整う。
「建築設計者で木材加工に興味がある人は、作り方や接合部設計に関する知識が無いため、思い切って踏み出せないという話をよく聞く。だがEMARFは、システムがその専門性を補完してくれる。そのため、心理的な障壁を取り払い、もっと身近な実現手段として利用してもらいたい。一般の設計事務所や工務店がEMARFを利用し、多数の作例が世に出てくれば、デジファブの認知度ももっと広がっていくはず」(秋吉氏)。
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