欧州のFM最新潮流を知る「IT化によるイノベーションの時代へ」欧州FM見聞録(3)(2/2 ページ)

» 2020年06月25日 10時00分 公開
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FMのIoT活用が浸透

 一方、FMのアウトソーシングは、コストの削減余地がなくなり、行き詰まり感が出始めた。英国以外の欧州諸国でもFMのアウトソーシングはほぼ一般化していたが、「FMのアウトソーシングは、KPIが形骸化して品質を正確に表していない」というような内容がFMのカンファレンスでも発表されるようになり、近年はほとんどFMのアウトソーシングに関する新たな取り組みは聞かれなくなりつつある。

 代わりに2016年頃から業界で話題になり始めたのが、FMにIoTを組み込む話だ。FMのIoT活用は、まず設備のメンテナンスと清掃という伝統的なFM領域で急速に立ち上がった。詳細は別稿で述べたいが、簡単に言うと人が見回っていたことをIoTに置き換えるという考え方だ。

 筆者は2015年、ある外資系半導体企業が行っていたFMのプロジェクトに携わっていた。この会社はテナントビルに入居しているのに、オフィス内にクリーンルームを設けてしまったため、スタッフがクリーンルームの設備を毎日点検する方法を取らざるを得なかった。ビルは、ほぼ新築で最新のBEMSが導入されていたが、テナント占有部のクリーンルームにBEMSは接続されていなかった。

 私自身は2016年初頭には、このプロジェクトから離れたが、直後に欧州のカンファレンスで、FMでのIoT利用の話を聞いて「あと半年早く聞いていれば(あのプロジェクトで生かせたのに)」と思ったものだ。

 清掃のカテゴリーでは現在、トイレなどに設置したセンサーで、利用回数や消耗品の減り具合をモニタリングし、スタッフの点検回数を必要最低限にするという試みが行われている。

 トイレの洗面台には、満足度を評価するボタンが配置され、利用者のサービスに対する評定をリアルタイムで把握し、清掃作業の内容と満足度との相関関係を調べようとする事例なども多く聞かれるようになった。第3世代まで進んだFMの組織論による改善(主にコスト削減)は、IT化によるイノベーションの時代に入ったことを実感した。

仏パリ=シャルル・ド・ゴール空港のトイレの満足度ボタン

エビデンスベースドワークプレース

 話は戻るが、New Way of Workにも昨今デジタルイノベーションのトピックスが聞かれるようになった。さらに、ここ数年、New Way of Workの議論は、コンセプト論から実効性をテーマにしたものに変わりつつある。New Way of Workの実効性に関する理論は3種類あり、筆者はそれぞれを「ワークプレースIoT 1.0」「1.5」「2.0」と呼称している。

 ワークプレースIoT 1.0は、センサーで稼働率と利用率を測りワークプレースの状況を評価するという内容だ。従来、フリーアドレスを導入したワークプレースが備える複数の共有スペースは、それぞれの広さを短期間のサンプル調査程度で決めていた。1.0では、常時継続的に利用率を計測し、効果的な共有スペースの広さを算出する。共有スペースに来たユーザーのスマートフォンに満足度調査を送信し、得られたデータをAIなどで分析して、設えと利用率との相関関係を抽出するといった取り組みも行われている。

 1.5は、ワークプレースの稼働状況をリアルタイムにユーザーにフィードバックするという考え方だ。フィードバックをするだけで、ユーザーの満足度が上がるかということを研究している大学の教授も存在する。

 2.0は、センサーでユーザーの動きを検知して、個別にオフィス環境の最適化を図るという動きだ。最も分かりやすい例は、ユーザーが自身の座った席の近くにある空調や照明をスマートフォンで操作し、専用のシステムが空調や照明をコントロールしたデータを学習した後、ユーザーが同じスペースに着席すると、システムが空調と照明を制御して、ユーザーが望む温湿度と照明の明るさを自動的に調整する。

 この他、近年ワークプレースでのIoTの話題でよく耳にするキーワードが“エビデンス ベースド(Evidence based)”だ。エビデンス ベースドは、取得した証跡に基づいて場の設えやサービスを提供すべきだという考え方で、IoTの進展により、施設の状態を読み取れる証跡が低コストで常に測れるようになり、使用が広がっている。

 FMでIoTが利用される以前、欧州のFM教育では、アンケート調査やワークスペースの観察で、オフィスの現状を統計的に分析することが有効だと提唱されていたが、現在はビッグデータをAIで解析する手法を取り入れる事例が出始めている。

ユーザーの利便性と満足度を向上するのがファシリティマネジャー

 日本では「ワークプレースの改善やFMによっていどれだけ“生産性”が上がるか」というディスカッションがなされている。

 また、ワークプレースの改良やFMの有益性を理解することは難しいため、場合によっては投資をためらう経営者やオフィスの状態を可視化するデータの獲得や調査が無意味だと言う人がいるが、欧州の会社では、“ユーザーの満足度向上”に資する取り組みとして認識されており、積極的に導入されている。

 日本は、コロナ禍で経済の停滞があるとしても、人が生み出すイノベーションへの期待は滞るどころか、より強まることが想像される。今後、国内のファシリティマネジャーは、ビジネスで世の中に変革を起こすユーザーの満足度を高めることを目標に、IoTやAIを駆使してオフィスの現況を抽出したデータを基に、ホスピタリティを論理的に提供する役割を担うケースが増えるだろう。

 今回、欧州で1990年後半〜現在にわたり、実際に発生したFMに関する出来事を紹介することで、ファシリティマネジャーが軸をずらさず、時代の潮流を積極的に取り入れて、施設の状態を効率化する専門家であることが読者に伝われば幸いだ。

著者Profile

熊谷 比斗史/Hitoshi Kumagai

ファシリテイメント研究所 代表取締役マネージングダイレクター。1986年に富士ゼロックスにソフトウェア開発として入社。1990年に同社のオフィス研究所に異動後は一貫してファシリティマネジメントに携わる。JFMAへの出向やオランダFM大学院、イギリスFMアウトソーシング会社での研修、国内でのFMビジネスを経験する。2007年、イギリス系不動産コンサル会社DTZデベンハム・タイ・レオンに入社。グローバルFM/CREコンサルタントに従事。その後独立し、2012年にファシリテイメント研究所を設立し、今日に至る。ユーザーのイクスピリエンス(感動体験)を創るホスピタリティFMを目指し、CREやワークプレースプロジェクト、FM管理業務からFMのIT分野まで幅広くコンサルティングを提供する。

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