八潮の道路陥没事故はAI活用で防げたか? “予防保全”を実現する土木学会の最新研究【土木×AI第34回】“土木×AI”で起きる建設現場のパラダイムシフト(34)(2/2 ページ)

» 2025年07月25日 10時00分 公開
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ドラレコでわだち検出やLSTMで損傷判定

 道路表面の沈下を走行車両から計測する技術も進歩しています。本来道路の維持管理に役立てるための計測ですが、陥没予知に貢献する情報が得られる可能性があります。

 文献5では、下図左のような道路のポットホールを予知することを目的に、光切断法を用いて下図右のように路面形状データの推移を計測しています。計測結果にニューラルネットワークを適用することで、ポットホールの発生リスクを評価しています※5

ポットホールの例(左)と計測された損傷進展の推移(右) ポットホールの例(左)と計測された損傷進展の推移(右) 出典:※5

※5 「高頻度路面調査データを用いたポットホール発生予測手法の検討」川西弘一,高畑東志明,林詳悟,橋本和明/AI・データサイエンス論文集2巻J2号p661-670/「科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)」/2021年

 路面性状調査の結果を利用した機械学習で、下図のようにドライブレコーダーで得られる画像から、約10ミリ以上のわだち掘れ箇所を抽出している研究が報告されています※6。このようにドライブレコーダー画像からも沈下を検知できる可能性があることが分かります。

横断プロファイルの数値情報と画像の比較。アノテーション部分がわだち掘れ 横断プロファイルの数値情報と画像の比較。アノテーション部分がわだち掘れ 出典:※6

※6 「ドライブレコーダの動画像を用いた道路のわだち掘れ検出の補正手法の開発」塚田義典,中村健二,梅原喜政,岡本拓也,今井龍一/AI・データサイエンス論文集6巻1号p312-322/「科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)」/2025年

 文献7では、走行する車両上で計測された加速度に、連載10回でも触れた時系列分析に強い「LSTM(Long Short Term Memory)」を適用して損傷を判定しています※7,8。検出された損傷区間の道路の状態の例が下図です。

 このように画像や加速度など多様なデータを利用して、道路の表面状態や沈下を監視する技術が開発されています。

損傷を含む区間の道路の状態 損傷を含む区間の道路の状態 出典:※7

※7 「設置位置の異なる車載器から取得した多時期の加速度に基づく舗装の損傷判定に関する研究」梅原喜政,塚田義典,中村健二,石引暖也,今井龍一/AI・データサイエンス論文集6巻1号p417-432/「科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)」/2025年

※8 「自然災害を未然に防ぐAI研究 降雨量や斜面崩壊を“LSTM”で予測【土木×AI第10回】」BUILT

 下図は水道の例ですが、AR技術によって道路表面上から地下の状態を可視化している例です※9。地表の道路状態と見えない地下の管路や空洞の情報を重ねて見ることができれば、下水管と地表で発生している損傷や沈下などの位置関係が判明し、陥没の予知に向けて有用な知見が得られます。このような重畳や分析の基盤となるデジタルツイン技術の発展も、インフラの予防保全では重要となります。

水道管の可視化例 水道管の可視化例 出典:※9

※9 「水道管の可視化アプリケーション」大懸崇一郎,井上光貴,小林一誠,戸村豊明,三井聡,佐竹利文,以後直樹/AI・データサイエンス論文集3巻J2号p456-460/「科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)」/2022年

 老朽化した下水道などを起因とする道路陥没事故の防止で、AIの活用場面としては、まず下水管自体の点検や地下の空洞検知、地表の沈下の計測など、点検や計測の高度化が考えられます。また、地下の状態を含めて、現実空間に重ね合わせて可視化するデジタルツイン技術も有効です。さらに、管路の構造特性や交通量など多様なデータから陥没を予測する研究も進められており※10、今後ここで取り上げたような各種データを加えて拡充して分析していくことで、より高い精度と信頼性で予測が実現すると期待されています。

※10 「道路陥没危険度判定における下水道施設データを用いた深層学習モデルの過学習問題の回避」李星愛,清水康生,松ケ下伸介,上村隆雄/AI・データサイエンス論文集5巻3号p359-365/「科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)」/2024年

著者Profile

阿部 雅人/Masato Abe

ベイシスコンサルティング 研究開発室 チーフリサーチャー。防災科学技術研究所 客員研究員。土木学会 構造工学委員会 構造工学でのAI活用に関する研究小委員会 副委員長を務めた後、現在はAI・データサイエンス実践研究小委員会 副委員長。インフラメンテナンス国民会議 実行委員も兼任。

近著に、「構造物のモニタリング技術」(日本鋼構造協会編/コロナ社)。

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