本連載では、三菱地所設計の各担当者が、「設計者と発注者の関係」「アナログとデジタルの良い関係」「教育と暗黙知」「外部との協業」のテーマで、BIMをはじめとするICTの利点と活用事例について紹介していく。第1回は、イントロダクションとして、各テーマを紹介しつつ、デジタルテクノロジーが建築の現場に与える変化について考察する。
国内では、人口減少、自然災害、脱化石燃料、AIやロボット、自動運転をはじめとするデジタル化の進歩など、昭和と平成を通じて都市や建築を規定してきたものが大きく変わろうとしている。高度成長期に日本の人口は毎年100万人も増えていたが、2021年には60万人以上が減ると予測されている。また、自動運転に対応した乗用車が普及すればこれまでの車も激減するだろう。こういった新たな社会課題に対し、建築や都市がどう変わり貢献できるかを考えるべき時期に来ている。
とくに災害と地球温暖化への対策は急務である。技術的なレベルアップもさることながら、有用な技術や仕組みをどうすれば普及と維持ができるかは新たな社会課題といって良い。さらに、新型コロナウイルスは、国内に目に見えない敵(ウイルス)との闘いを起こし、オフィスの存在や働き方など、人間活動の在り方そのものにも一石を投じた。
本連載では、こうした変わりゆく社会を踏まえて、「設計者と発注者の関係」「アナログとデジタルの良い関係」「教育と暗黙知」「外部との協業」のそれぞれのテーマに沿って、三菱地所設計の各分野のエキスパートが、BIMをはじめとするICTの利点と活用事例について紹介する。第1回目となる今回は、各テーマに触れつつ、デジタルテクノロジーが建築の現場にどのような変革をもたらすかについて考察する。
一般に、設計者は発注者からの依頼によって仕事を始める。従来は細かい指示を出さなくとも発注者の夢を具現化するのが、良い設計者であり、良い建築家であると考えられてきた。ところが、冒頭に申し上げたように、建築に対する社会の要請が目まぐるしく変化する中、発注者の関与あるいは主導権が強まっている。そんな中でBIMをはじめとするICTが2者の関係にもたらす変化とは何であろうか。
1つ目の変化として、設計者は発注者へ、より分かりやすい方法で建築物を伝えねばならない場面が増えたことが挙げられる。いまや従前のスペックを守れば良い時代ではなく、「エネルギーの使用の合理化などに関する法律(省エネ法)」、BCPへの対応はもちろん、LEEDといった環境認証取得の検討、あるいは景観協議など、計画時点の検討項目は多岐にわたる。その結果、設計者は発注者と会話しながら判断を仰ぐ機会が増え、より深いコミュニケーションの必要性が高まっている。すなわち、説明責任の重要性が増しているのである。
しかし今日、仕様やスペックには表れない性能、例えば災害時の避難、都市の超高層建築物がもたらす風環境の変化、光の感じ方などについて、これまでは竣工しない限り、既往の計算や過去の経験、事例、実験によってしか予測が困難だったものが、共有できる時代になった。
また、BIMを利用した設計では、図面が読めなくても視覚的に空間を認識できるデータのほか、解析ソフトとつなぐことで異業種間でも、ものごとの判断が可能なデータが容易に共有できるようになる。
2つ目の変化として、建物の発注者にとってはライフサイクルコストの大半を占める維持管理を担う上でその省力化や効率化の重要性が高まったことが挙げられる。例えば、デベロッパーの視点に立って現状を眺めると、建物のプロパティマネジメント(PM)、アセットマネジメント(AM)、ファシリティマネジメント(FM)に必要な、竣工図、総合図、製作図、機器台帳、確認申請図、事前協議書、貸室白図、工事区分表など、多くのドキュメントが、施主の手元やゼネコン、設計事務所などさまざまな場所に、紙やデジタルデータなど、多様な形式で個別に保存されている。こうした状況下で、維持管理者は各ドキュメントを使用するために工夫を凝らしているのだ。
一方で、国交省の建築BIM推進会議では、維持管理分野でのBIM活用が検討されはじめている。こういった状況を考慮すると、運用段階でのBIM活用事例はまだ少ないが、建築に限らず情報化が進んだ社会で、BIMは各デバイスとつながり施設運用に活用される時代が来るはずである。そのために必要な情報をどのように提供すべきなのか、いま設計者に問われている。
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