加えて、際限なく増え続ける設計情報、行政協議、関係者間のメールとチャットなど、今日の設計者を取り巻く業務環境は忙(せわ)しない。解決策としてBIMを使えば本当に業務量が減るのか、いや、簡単には減らないだろう。
前述の通り、設計は漠然としたイメージを具現化してリアルな空間体験につなげる行為である。つまり、いくらデジタルだDXだといっても、アナログ技術や熟練スキルが不要となる時代はやって来ない。ならば、アナログとデジタル(技術)の良い関係を作っていくしかない。
一例を挙げると、建築、構造、設備の不整合チェック、図面を見ながら数量を拾う積算、リアルタイムの法令確認に瞬時かつ正確にBIMを使うことで、クリエイティブなアナログ業務の時間を創出する方法がある。
つまり、今後は、デジタルとAIによるサポートで得られた時間を、人間にしかできない創造的時間に回しながら、差別化を図る感性価値が試されていくだろう。一方で、個人の作業はいったんBIM化するとブラックボックス化してしまう懸念があり、(ヒューマンエラーを防止するよりも)エラーの発見が遅れるかもしれない。そのため、常にその内容をチェックし続ける仕組みの構築が大切だ。
さらに、国内の設計会社では経験が豊富なベテラン設計者がリタイアし、徐々に業界人口が減っていく中で、職能の継承で教育は重要な課題と考えている。そこで課題の解消に有効なのはBIMだ。
BIMは、属性を持つ情報の集積をデジタル化して編集可能で、さまざまな視点ごとに情報をセグメントに分解して可視化するため、経験の少ない若手や他分野の協働者、ユーザーがBIMを活用することで、ベテランと同じように各事象の意味と全体との関係性を把握し、課題発見と問題解決を加速させられる。これは職能を次世代に継承するためのBIMの効用といえよう。
しかし、危惧していることもある。それは、BIMにより、デジタル空間の中で、建築空間や什(じゅう)器のレイアウトはもちろん、光環境といったあらゆる環境が見える化され、実際の建築を疑似体験できることが、「その時点での完成」と錯覚され、設計者が本来有する思考や想像力が停止してしまわないか、ということだ。
また、手描き教育を受け、入社してからは先輩のスケッチを平行定規で清書し、見よう見まねで詳細図や矩計図を描いていた世代からすれば、BIMを中心としたリアルタイムレンダリングソフトや設備設計ソフトは魔法の機器である。
しかしながら、(CADにおいても心配なことではあったが)BIMデータは完成度が高い故に、一見パーツ同士が結合しているように見えても、適切に納まっていないといったことが起きる。ましてや、部品メーカーがBIMパーツを供給すればするほど、その結合部は誰がどこまで決めるのか、部品データの詳細度はどうするか、工業製品のように部品メーカーとの連動はできるのか、などの疑問も湧いてくる。
話は少し脱線するが、もともと建築系の学科出身者で占められてきた設計業界は、多様性に欠けた――言い方を変えれば、閉じられた世界であった。ところが、前述のように社会の情報化が進み、建築にも機能の高度化や情報化が求められ、異分野の企業や技術者との連携やコラボレーションが必要となっている。
とくに、シミュレーション分野や映像分野との協業機会は目を見張るほどに増えた。そこでは、建築教育を受けていない専門技術者の知識やデータが飛び交っており、異なるソフトウェア間でデータをやりとりしなければならない。だが、その中心となる技術がBIMだといえよう。
また、インターネット上にデータを置き、関係者間でデータをやりとりするCDE(共通データ環境)は仕事の進め方を画期的に変えたと同時に、データの管理を行うBIMマネジャーの存在が必須となった。複数の関係者がアクセスできるということは、セキュリティやデータの知的財産権の問題も浮き彫りになっているということでもある。
ここまでつらつらと述べてしまったが、次回以降は(順不同ではあるが)各テーマにおける当社のチャンピオンユーザーに登場してもらい、各人のチャレンジを紹介していく。加えて、設計が変わることで、われわれのような組織設計事務所がどう変わってゆくのか、未来像も探ってみたいと思う。
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