日本の建設業界は、低い生産性、労働者の老齢化、多くの労働災害など、市場が破綻しかねないほどに深刻な問題が目前に迫り、一刻も早く手を打たなければならない局面に差し掛かっている。特効薬となるのが、BIMとそれを核に据えたICT活用だと、今では多くの業界人が知るところだが、建設の全工程で実践活用できている企業はほぼ皆無と言えよう。2020年度に全物件で“設計BIM化”の大望を抱く大和ハウス工業で、日本のBIM開拓の一翼を担ってきた同社技術本部 BIM推進部 次長・伊藤久晴氏が、BIMを真に有効活用するための道標を示す。
私(著者)が、2005年に初めて「Revit」を手にしてから、既に15年の歳月が流れた。この15年で、建設業界はどれだけ変わったであろうか?当時は、誰も知らなかった「BIM(Building Information Modeling)」という単語の認知度はかなり広まったかにみえるが、果たしてその意味を正しく理解し、実践できている企業はどれだけあるだろうか?
所属する大和ハウス工業の建築部門では、2017年に「BIM推進室」が設立されて以降、私の経験などをもとに、正しくBIMに取り組み、それを発展させてゆこうとしている。
本連載では、大和ハウス工業のBIMへの挑戦から、当社が目指す業務改革の各施策を紹介しつつ、当社が何を目指し、BIMによってどんな未来地図を描こうとしているのかをこれまでの集大成としてひも解いていく。
連載初回の第1回では、これまで私が携わってきたBIM事例を土台に、「日本のBIMがダメな理由」について考えてみたい。
まず、過去に建設したS造のホテルで、作業時間を分析した試みを採り上げる。この物件は、当社設計・施工の14階建てS造のホテルで、集計の対象は設計部門の社員、派遣社員、設計施工図の外注業者。施工の協力業者や設備サブコンの施工図作成時間は含めていない。
全作業人工数は、2064人工であった。本物件では、協力業者に設計作業を委託したため、意匠設計を担当した社員の作業時間は204人工。この意匠設計の作業内訳を調べたところ、45.5%は「打ち合せ」が占めた。工事においても、社員の作業時間655人工のうち、49.1%が打ち合せの時間となった。施工図チェックは、大半が派遣社員の仕事で、社員の作業割合はわずか2.7%にとどまった。
当社では、基本的には社員が自ら設計することが多いが、今回のように設計や施工図作成を協力業者が行う案件では、設計・工事を担う社員の主な仕事は、打ち合せとなる。打ち合せが主な仕事なので、社員はCADをあまり使う暇がない。
このような仕事のパターンで、BIMを導入すると、「Revit」などのBIMソフトを使って、モデルや図面を作成するのは協力業者が担う。設計・工事の社員は、Revitのスキルを持っていないことが多いので、協力業者がBIMモデルを作っても、2次元のCADデータでしかチェックできず、BIMモデルは生かされない。結局、BIMモデルで設計作業をするという業務には移行できず、協力業者には今まで通りの2次元CADで仕事をしてもらい、そのCADデータを元に、RevitなどのBIMソフトで3次元データを作り、干渉チェックを行って、納まりを確認するという「後追い作業」を行うことになる。
日本のBIMがダメなところは、この「後追いによる3次元データの作成」を「BIM」だと言っている者がいることだ。後追いBIMでは、干渉チェックにより、納まりの確認はできるが、設計作業・施工作業の効率化には決してつながらない。さらに、外注コストの増加・打ち合せ時間の増大などが起こり、工期の遅延なども起きかねない。
当社も最初はこのような状態が多かったが、今では、社員だけではなく、管理職・派遣社員・協力業者まで、全員がRevitの習熟度を上げて、業務自体をBIMに移行しようと意識が変わった。
「マクレミー(MacLeamy)曲線」※というものがある。初期段階での変更は容易であり、コストもあまり掛からないが、遅い段階での変更は、容易ではなく、コストも多くかかるという考えから、実施設計に最も多くの作業時間をかけていたものを、前倒しにしようとするものである。これを“フロントローディング”と呼んでいる。
※ マクレミー曲線(The MacLeamy Curve):米大手建築設計事務所「ヘルムース・オバタ・カッサバウム(HOK)」のCEO・パトリック マクレミー(Patrick MacLeamy)氏が提唱した設計の各段階で変更コストの増加を示した分布曲線グラフ 【参照リンク】IDEAbuilder:http://greghowes.blogspot.com/2012/06/macleamy-curve-real-world-bim-and-ipd.html
2017年に実施したS造の事務所ビルで、マクレミー曲線を描くために、時系列で時間分析を行った。設計だけでなく、鉄骨工場での情報加工や工事の作業時間も集計した。
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長谷工ではマンションのライフサイクル全般でBIMモデルを活用し、一気通貫での生産性向上を実現している。しかし、BIMを導入した当初は、膨大な手間が掛かっていたというが、これを解消すべく、Revitとオペレータをつなぐアドオンツール「H-CueB」を独自開発した。長谷工版BIMの要ともいうべき、H-CueBを徹底解剖する。
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