建設業界が抱える人材不足、技術伝承などの諸課題をICTによって解決しようという取り組みが国内でも広がりつつある。しかし、BIMをはじめICTツールの導入のみにスポットが当たることが多く、その先にあるICT活用の真価を発揮できているケースは少ないのではないだろうか。本連載では、長年にわたり、大和ハウス工業やRevitユーザー会(RUG)で、日本のBIM進化の一翼を担ってきた伊藤久晴氏(現BIMプロセスイノベーション代表)が、「日本列島BIM改革論」と銘打ち、BIMを起点とした成長過程にある“建設DX”や“デジタル・ウェルビーイング”という未来も見据え、建設業が足元の「危機構造」からいかに脱却すべきか、プロセス変革の秘策を提言していく。
日本の建設業界は、長時間労働や就業者の高齢化などさまざまな問題を抱え、変わっていかなければならないというのは、既に共通認識となっている。その対応策として、建設業におけるICT化に期待が寄せられ、BIM・デジタルコンストラクション・建設DX・デジタルツイン・IoTなどの取り組みが日夜紹介されているが、なかなか大きな成果につながっているようには見えない。
一方で、RevitなどBIMツールの活用は進みつつあり、設計での設備の対応は遅れてはいるが、意匠・構造は大手企業を中心に、2次元CADからBIMソフトへの移行が進んでいる。ただ、これも単にツールを2次元から3次元に置き換えるだけであれば、業務の効率化以上の成果を出すことは難しい。大きな成果を目指すためには、これまでの慣習を捨て、プロセスを変えねばならない。プロセスを変えようとせず、個々の技術がバラバラに進化し、便利なツールとしてのみ活用が進んでゆくことは、逆に将来大きな障害になる可能性さえある。
こういった現状が、日本の建設業界における「危機構造」といえるのではないだろうか。まずは、日本の建設業界が、この「危機構造」を認識し、そこをどう乗り越えるのかという議論を始めなければならない。本連載では、その建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオを描いてゆく。
日本では、RevitなどのBIMソフトを使って仕事をしていることを、「BIMする」と言う場合がある。例えば、「この建物はBIMで図面を書きました」とか、果ては「BIMでパースを描きました」という方もおられる。この場合はBIMという言葉が適切なのではなく、「RevitなどのBIMソフトを使って作業をした」というのが正しいのだが、なぜRevitなどのBIMソフトを使って仕事をすることを「BIMする」と表現しているのであろうか?
これは、RevitなどのBIMソフトを使うこと自体が「BIMする」ことと同義だと認識しているためだと考えられる。日本でのBIMの定義をインターネットで調べてみると、「属性情報を持ったコンピュータ上の建物モデルをBIMソフトで作り活用すること」をBIMの定義としていることが多くみられる。つまり、BIMソフトで属性を持った3次元モデルを作ることをBIMと定義しているので、BIMソフトを使うことは全て「BIMしている」という表現になってしまうのであろう。
そもそも、BIMの目的とは何だったか?本来の目的は、「設計〜施工〜維持管理における一気通貫の情報連携により、フロントローディングを実現し、生産性を大幅に向上させる」だろう。そうであれば、一つの疑問が生じる。「属性を持った3次元モデルを作ることがフロントローディングなどによる大幅な生産性向上」に至るのかということである。現状、日本の建設業界のBIMでは、本来の大きな目的を実現する具体的な方策が無いため、結局は2次元CADから、3次元CADへのツールの置き換えだけになってしまうのではないだろうか?
前回の連載「BIMで建設業界に革命を!〜10兆円企業を目指す大和ハウス工業のメソッドに学ぶ」の第一回で、BIMプロジェクトを実施した物件の設計・施工でのBIMの取り組みで、どのような成果があったのかを、フロントローディングという観点から説明させていただいた。
その当時は、BIMソフトを用い、モデル化・図面化・可視化・干渉チェックなどを行うことがBIMだと捉え、できる限り多くの取り組みを実施した。しかし、竣工後に時間分析を行い、フロントローディングの観点でマクレミー曲線を作成した結果、フロントローディングが目指す、作業の前倒しではなく、この物件では通常の業務よりも作業が遅れていた事実が明確になった。
このBIMプロジェクト物件で、設計作業が通常より遅れてしまったのは、BIMソフトを活用したことだけが原因ではない。また、1件だけの結果では、BIM物件全体の傾向とは言えない。ただ、BIMソフトに不慣れな設計や施工の担当者に、BIMプロジェクトとしていろんな取り組みを持ち込んだことが、関係がなかったとは言い切れない部分がある。
現状の設計業務は、S3(ステージ3)にあたる実施設計の作業期間中に終わらせている。これが、青の曲線である。それを、緑の曲線のように、全体的に山を小さくしながら、設計作業のピークをS2(ステージ2)の基本設計段階に移行しようというのがフロントローディングの基本的な考え方である。
しかし、この物件では、S3で設計作業が終わらず、S4の生産設計、S5の施工でも設計作業は続いていることが、赤の曲線で示されている。設計作業が後工程にずれるということは、全体的な設計作業の負荷も増えていると考えられるし、前回の連載で書いたように、後工程にも悪影響を及ぼしている。これは、その当時私も思っていた「属性情報を持った3次元のモデルを活用すること」というBIMは、生産性の向上には直結しないことを示している。
実は、このマクレミー曲線が理想とする基本設計で設計作業の大半を終えることは、現状では不可能である。日本の設計者は、基本設計段階で建物の仕様を全て決めることなどはできない。建設業と製造業との根本的な違いは、「建物は一品生産である」ではない。製造業は、「設計通りにモノを作る」のに対し、建設業は「作りながら設計を詰めてゆく」といったプロセスで仕事をしているからである。このフローは、建物を発注する施主にとっても都合がよい。つまり仕様やコストの最終決定をする施主側も、「作りながら設計を詰めてゆく」作業の中で、変更に近い要望をギリギリまで繰り返すことができるからだ。
発注者を含む日本の従来型のプロセスでは、「属性情報を持った3次元モデル」を作っても、設計ツールが置き換わるだけで、大きな生産性向上にはつながらない。従来型のプロセスから脱却し、新しいプロセスを作らなければ、BIMは設計や施工の負荷を増すことになってしまう可能性がある。
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