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» 2018年05月07日 07時00分 公開

建築(家)のシンギュラリティ(3):建築学の再編成──情報技術がもたらす新たな建築教育の可能性 (3/4)

[中村健太郎 NPO法人モクチン企画/企画協力:太田知也 NPO法人bootopia,BUILT]

「ペーパーレス・スタジオ」が果たした役割

N:ここで建築情報学の始祖とでも呼ぶべき、GSAPPの「Paperless Studios(ペーパーレス・スタジオ)」についてもお伺いしたいと思います。簡単に振り返っておくと、ペーパーレス・スタジオはGSAPP内で1992〜1999年にかけて開講され、人文思想と前衛建築のハイブリッドとしてのコンピュテーショナル・デザインが生まれた最初の場所のひとつと目されるスクールです。豊田さんはペーパーレス・スタジオが生まれたGSAPPで、実際に建築教育を受けられているわけですが、そこでの教育は、建築情報学のように、情報工学で各分野を横断してゆくという意図を持つものだったのでしょうか。

T:いえ、彼らは僕らが建築情報学で言っているような社会的な意義を、明確に意図していたとは思えないですね。当時のGSAPPは、ベルナール・チュミ4が用意した若手に機会を与えるプラットフォームという側面がありました。「ペーパーレススタジオを掲げて活動していれば、何か新しい感覚やデザインが生まれるんじゃないか」っていうくらいのゆるい感じだったんです。教えている人たちも、新しいことをやりたいけれど実務経験のない若手ばかりで、よくあの状況で新しい建築の可能性を託せたなと思います。彼らに話を聞いても、自分たちが何をやろうとしているのかちゃんと言語化できていたとは今も思えないです(笑)。

 でも後から振り返ってみると、建築学の内外をつなぐ糸を、他に先駆けて何本も引っ張っているんです。例えばチュミは建築と映画の類似性をいろいろと語っていますが、こうした時間軸やビジュアルや音、スクリプトという記述の仕組みなどの次元を空間次元とパラレルに扱うという試みは、彼がそこまで明確に意識していたかどうかは別として、とても情報学的なんです。当時GSAPPで教えていた若い建築家は、何らかの形でこうした領域を横断する次元の接続ということをやろうとしていた、ということは言えるんじゃないかと思います。結果的には当時のコロンビア出身の人がその後教える側になって、第二、第三世代のスクールを世界中で育てている。それはすごいことですよね。

N:GSAPPは結果的にインキュベーターの役割を十二分に果たしたということですね。そうした中で、「ペーパーレス」という言葉にはどういう役割があったんでしょうか。

T:彼らは「アナログ対デジタル」っていう単純な二項対立の先にある多様性をちゃんと見越していたんだと思います。ただ、社会がそれを共有できるわけではない中で、まずは既存の価値観との決別、相対化という図式を意識させるためには、明確な対立的構図を提示せざるを得なかった。そういう意味で、既存の価値観や体系との決別を表明する「ペーパーレス」はやはりシンボル的な言葉でしたね。

 それでいうと、アメリカでは2004、5年くらいからレーザーカッターが各大学に整備されていったんですが、するとどこの大学に教えに行っても、学生が「レーザーカッターで作るとかっこよさそうな建築」を作るようになったんです。しばらくするとそればかりになって、みんなが「またレーザーカッター建築かよ」と辟(へき)易するようになる。でもそこから、新しい技術表現を前提とした上に、貧困や環境といったより複雑な問題に取り組む作品が出始めたんです。飽和の時期を超えて、その先の価値を付加的に、より高い解像度で考えるように勝負どころがシフトしていったんですね。どうせ先が見えるからと食わず嫌いを決め込むのではなく、まずみんなで飽和するところまで行ってみようよという社会だからこそ生まれる解像度とか価値とかは必ずあります。そういうある意味失敗ともとれる過程を前提にすることが苦手な日本で、あえてそこをプッシュすることはすごく大事だと思っていて。

N:みんなが同じ議論の土台を共有するからこそ、その先の本質的な価値の探求に踏み込むことができる、ということですね。

4.ベルナール・チュミは1944年生まれの建築家、建築理論家。デコンストラクティビズムの旗手のひとりとしても知られる。イギリスのAAスクールを始めとする複数の教育機関にて教鞭を執ったのち、1988〜2003年までGSAPPの学部長を務めた。

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