間違いだらけの「日本のBIMの常識」Vol.2 最近耳にする「EIR」の本質を見直す【日本列島BIM改革論:第11回】日本列島BIM改革論〜建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ(11)(2/3 ページ)

» 2025年09月09日 10時00分 公開

間違っているBIM関連の用語と概念 2

情報交換要求事項(Exchange Information Requirements)に変更されたEIR

 EIRは、英国規格協会(BSI)が2013年に発行した「PAS 1192-2:2013」で初めて規定された。英国の「BIMレベル2」に定めるBIMを活用した建設プロジェクトの情報マネジメントで、要求事項を体系的に示すため、発注組織の要求する情報を明確にし、プロジェクト全体の品質や整合性を確保する基準として用いている。しかし、PAS 1192では、EIRは「Employer’s Information Requirements(発注者情報要件)」とされ、発注者(Employer)が「受託(契約)前に使用する、情報要求事項」にとどまっていた。

 その後、PAS 1192は、BIMの国際規格「ISO 19650-1:2018」で拡張/再構成され、EIRは「Exchange Information Requirements(情報交換要求事項)」と改称された。このことは単なる用語変更ではなく、発注者主導の一方向的な構造から、プロジェクト関係者間の協調/連携を前提とした中立的かつ包括的な情報マネジメントの枠組みへと転換されたことを意味する。すなわち、ISO 19650のExchange Information Requirements(情報交換要求事項)は、情報提供や受領に関与する「全ての関係者の役割を踏まえ、情報の要求と供給が双方向で受託(契約)に基づき管理されるべき」という考え方を反映している。

 ここで、PAS 1192の発注者情報要件と、ISO 19650の情報交換要求事項の定義の違いを確認しておこう。

発注者情報要件としてのEIRの定義 PAS 1192:2013 3.21

プロジェクトの遂行プロセスの一環として、受託組織が提供する情報と、準拠すべき基準や手順を明示した入札前の文書

情報交換要求事項としてのEIRの用語の定義 ISO 19650-1:2018 3.3.6

発注または受託に関連する「情報要求事項」

情報要求事項の定義 ISO 19650-1:2018 3.3.2

何を、いつ、どのように、誰のために情報を生産するかの仕様

 このように定義を比較してみると、ISO 19650のEIRは情報マネジメントとして、より広範な意味に変ったことが分かる。

要求事項と評価条件(評価/ニーズ)とEIR(情報交換要求事項)

 日本のEIRは、プロジェクトごとのBIMモデルの仕様を規定や要求している文書にすぎず、「プロジェクトに1つだけあればよい」と考えられているが、実はそうではない。

 発注組織は、設計・施工に運用段階も含めたプロジェクトに一貫する要求事項と評価条件(国際規格では評価及びニーズ)を定め、その全体戦略に従って、「発注する元請受託組織ごとに発行する」ということが、本来のEIR(情報交換要求事項)だ。実はこの段階で、運用段階まで含めた情報連携の在り方を検討し、要求事項として文書化していなければならない。

 というのは発注組織は本来、設計・施工で作られるBIMソフトウェアによるBIMモデルだけを要求としている訳ではないからだ。発注組織は、何のためにBIMによる取り組みを要求するのだろうか?設計・施工の業務の円滑化や効率化などもあるだろうが、海外では運用段階に利用できる情報を設計・施工段階で、あらかじめ作っておくことを望む場合が多い。対応するには、運用段階でどのような情報を設計・施工段階で作るか決めておく。設計・施工が始まってから考えるのでは手遅れだ。

 そのため、そのため、発注組織は、竣工後の運用段階で用いるシステム構築の方針を設計・施工が始まる前に、一貫性のある全体戦略に基づく要求事項(ニーズ)と受入基準(評価)を策定し、受託(契約)条件として契約書の一部に確実に組み込まねばならない。

国際規格に基づく発注組織が発行するEIR(情報交換要求事項)のイメージ 国際規格に基づく発注組織が発行するEIR(情報交換要求事項)のイメージ 筆者作成

要求事項(ニーズ)と受入基準(評価)

 ここで、受託ごとに発行するEIRの前に作成するプロジェクト全体の要求事項と評価条件(評価/ニーズ)について、説明を加える。

 要求事項(ニーズ)は本来、建物事業計画時に作成するアセットマネジメント戦略/戦術を実現するためのものだ。まず「組織の情報要求事項(OIR)」で整理したうえで、運用に必要な情報を定義する「資産情報要求事項(AIR)」と、設計・施工段階で必要な情報を定義する「プロジェクト情報要求事項(PIR)」を展開する。これらを踏まえ、各受託組織に対して「情報交換要求事項(EIR)」が作成される。

 建物を作るという行為は、言い換えれば発注組織の要求を具現化することに他ならない。要求事項が曖昧であればあるほど、試行錯誤による設計変更が頻発し、それに伴い設計・施工コストや作業期間の増加を招くのは明白だ。

 意思決定者が多いと要求事項をまとめることは大変だが、事前にまとめておくのは発注組織の重要な役目だ。「発注組織による情報要求事項のマネジメント」こそが、情報マネジメントのフロントローディング実践であり、プロジェクトの初期段階で最優先すべき事項に他ならない。可能であれば、「セキュリティ要求事項(SIR)」と「安全衛生要求事項」も包含するのが望ましい。

 受入基準(評価)というのは、少し馴染みにくい概念だが、基本的には情報をどのようなルールや基準で作成するかを定めたモノだ。ルールや基準に従って情報を作ることが契約条件にもなるため、受入基準という言葉を使っている。

 発注組織として設計・施工に、「何を基準として(情報標準)、何を使って(共有資源)、どのように(情報生産手法と手順)情報を生産するか」という要求は、裏を返せば情報成果物に対する受領条件だ。もちろん、BIMモデルだけでなく、発注組織に納入される全ての情報(BIMモデル、図面、資料、書類など)を明文化した条件となる。

 このようにプロジェクト全体の戦略として、「要求事項(ニーズ)と受入基準(評価)」をあらかじめ定めた上で、発注組織は各元請受託組織に対し、その受託範囲に合わせた内容で、入札時にEIRを発行する必要がある。故にEIRは、プロジェクトに一通のみあればよいのではなく、契約単位(元請受託組織単位)で発行されるべきで、その数だけ存在するのが原則だ。

EIRを受託(契約)条件として位置付ける情報プロトコル

 EIR/BEPを契約条件と位置付けるべきだと言ったが、実は、それらを発効するだけでは法的な効力を持っていない。そのため、国際規格のISO 19650-2では、受託(契約)のために情報プロトコルを用いている。

 情報プロトコルとは、情報マネジメントに関する具体的な手順や責任分担を定めた文書で、ISO 19650の枠組みでは受託(契約)文書の一部としている。情報生産/共有/確認などの活動を受託(契約)上で明確化し、関係者間で統一的に運用するためのいわば“ルールブック”として機能する。

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