建設業界は、BIMという新しい技術とプロセスを得て、急速な進化の時期を迎えている。日本の建設業界は保守的で、進化スピードは海外に比べてとても遅く、すぐに大きな変化を産むことは難しいが、いずれは確実に発展してゆくことは間違いない。BIMは単に設計・施工を効率化するためだけのものではない。BIMを軸としたプロセスをベースに、建設業が抱える重要課題を解決していかねばならない。その重要課題とは、「情報セキュリティ」と「安全衛生」であり、その方向にもBIMは発展してゆかねばならない。この2大リスクがBIMによって低減されることで、建設業界で、BIMの価値はより高まるはずだ。今回はこのBIMによる情報セキュリティと安全衛生について考察してゆきたい。
建設業界の2大リスクは、情報セキュリティと安全衛生に関するリスクだといえる。情報セキュリティと安全衛生そのものは、BIMを持ち出さなくとも、建設業界全体が直面している課題なので、当然ながら国内でも社会的な問題として捉えられている。
しかし、日本では、これをBIMに関連付けて考えられることはほぼ皆無だが、英国をはじめとする海外では、BIMに紐(ひも)づけて課題解決の道筋をつける試みが進んでいる。特に情報セキュリティについては、BIMの国際規格「ISO 19650-5」の「情報マネジメントに対するセキュリティ志向のアプローチ」で、BIMを採用したプロジェクトでの情報セキュリティの在り方が規格化されている。一方で安全衛生は、英国の「PAS 1192-6」が、2025年頃には「ISO 19650-6」としてISO規格の策定に動き出している。現状で国内ではあまり取り組まれていないが、建設プロジェクトにおけるBIMを活用した情報セキュリティと安全衛生は、海外では国際規格が発行されるほどに重要視されているということだ。
日本でも、ISO 19650-2の認証が進みつつあり、ゼネコンを中心に10社近くが認証を取得している。しかし、ISO 19650-2はBIMによる“設計・施工段階のプロセス(デリバリーフェーズの情報マネジメント)”のため、ISO 19650そのものが、設計・施工のプロセスだと認識されている方が多い。しかし、ISO 19650-5の情報セキュリティ(情報マネジメントに対するセキュリティ志向のアプローチ)も日本での認証が始まっており、2022年12月5日には、トランスコスモスが日本初となる認証を受けている。
筆者もISOに取り組む前は、BIMは主に設計・施工の図面作成のために使われるものと考えていたので、「ISO 19650も設計・施工のプロセスについて書かれたものに違いない」と漠然と捉えていた。そのため当初は、なぜBIMプロジェクトの情報セキュリティが、ISO 19650-5に定められたのかが理解できなかった。今は、ISO 19650が目指すものは、設計・施工のプロセスの中に、情報セキュリティなどのリスク対策も含めるべきだと理解している。
★連載バックナンバー:
『日本列島BIM改革論〜建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ〜』
日本の建設業界が、現状の「危機構造」を認識し、そこをどう乗り越えるのかという議論を始めなければならない。本連載では、伊藤久晴氏がその建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオを描いてゆく。
ISO 19650はBIMを使用する情報マネジメントの指針を示したものであり、BIMによる建設プロセスの中で、「共通データ環境(CDE)による協働生産」が前提条件となっている。建設業界にとっては、画期的な情報生産の仕組みだが、当然これまでとは異なる次元で、情報セキュリティに対するリスクが産まれる。そのため、セキュリティリスクを承知したうえで、設計・施工、運用段階でBIMによる情報マネジメントを進めなければならないのは至極当たり前のことだ。
ISO 19650-5(情報セキュリティ)は、英国規格協会のBSIでは単独で認証を取れない。ISO 19650-2(設計・施工の情報マネジメント)の規格を先に取得しているか、または同時に取得することが条件となっている。おそらく英国政府は、新しいプロセスを導入すると同時に、BIMの新しい情報セキュリティも同時に採り入れることが必須だと考えたのだろう。
同様に、英国では安全衛生についても、設計・施工・運用段階のプロセスに埋め込むべきだと考え、PAS 1192-6を作ったのだと考えられる。ISO 19650を導入するということは、BIMで最適化されたプロセスだけでなく、情報セキュリティや安全衛生に対するリスク対策も含む、攻めと守りのバランスがとれていなくてはならない。英国は、ISO 19650を全ての建設プロジェクトに展開するとともに、こうしたリスクに対策にも積極性をみせている。
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