建設費や工期の削減には、フロントローディングが必須となる。しかし、フロントローディングはBIMソフトを単にツールとして使うだけでは、到底実現できない。では何が必要かと言えば、発注者が自ら情報要求事項をマネジメントし、設計変更を起こさない仕組みを作り、意思決定を早期に企図しなければならない。これこそがBIMによる建設生産プロセス全体の改革につながる。今回は、現状の課題を確認したうえで、情報要求事項とそのマネジメント、設計段階でのバーチャルハンドオーバー(VHO)によるデジタルツインによる設計・施工などを前後編で解説し、発注者を含めたプロジェクトメンバー全体でどのように実現してゆくかを示したい。
日本の建設業界で発注者の役割とは、「諸条件を把握したうえで、要求事項をまとめ、それを発注条件として、設計・工事の発注・実施を行うこと」である。同時に、「品質・工期・コストについても要求事項として明示し、適切なものとなるように調整する役割」も担っている。
要求事項の整理は、詳細まで詰められない場合が多く、仕様や細かい部分は、設計や施工が始まってから調整すればいいという考えから、設計や施工の段階で、設計変更が多発することが常態化してしまっている。発注者は、コストや工期については、設計変更がよほど大幅なものでない限り、最初に決めておいた条件を崩すくことはまずない。だからこそ、常態化した設計変更の頻発に伴い、縛られた工期やコストのなかで、設計事務所やゼネコンの担当者は長時間労働に陥るケースが多い。
しかし、設計変更は、発注者側だけの問題ではない。日本では設計段階で、建材の品番を含む建物の詳細な仕様や納まりを決めていない。設計者にとって図面は、建物の全情報を詳細に示すものではなく、建物の基本的な平面計画や仕様などの考え方を示し、基本的なコスト計画および性能設計と、確認申請などの法規的な条件を満たす図面を作るところまでの仕事だと考えられている。建材については、同等品程度の性能指定で、詳細な納まりや細かい干渉などの対応は施工段階に委ねている。
★連載バックナンバー:
『日本列島BIM改革論〜建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ〜』
日本の建設業界が、現状の「危機構造」を認識し、そこをどう乗り越えるのかという議論を始めなければならない。本連載では、伊藤久晴氏がその建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオを描いてゆく。
それを受け、工事を請け負うゼネコンでは、少しでも利益を出すために、VE(Value Engineering)提案によるコスト削減や納期のギリギリまでメーカーや業者への価格交渉を行う。さらに、施工検討で発見される機器・部材の干渉などによる変更などにも調整しながら、工事を進めてゆく。こうした調整中にも、設計が決めていなかった部分の追加指示が来たり、発注者からの変更指示が発生したりする。この傾向は特に設備で多く、施工段階の設備サブコンでは、設計からの図面は参考程度と捉えられ、現場で一から設計しなおすことが多々ある。
このように、発注者の曖昧な情報要求事項を起点に、設計・施工で、建物を作りながら詳細を煮詰めてゆくというのが「日本の建設業の商習慣」である。
発注者やRevitなどのBIMソフトを使ったことがない関係者などは、「BIMに期待することとして、モデルを変更すれば図面も一元的に変更できるはずなので、設計変更にすぐ対応できる」と勘違いしている。
初期の企画設計段階であれば、そうだと言えるが、実は、実施設計以降のLOD300以上のモデルでの設計変更は、2次元CADよりも手間がかかるということは、RevitなどのBIMソフトユーザーであれば、誰もが同じ認識だろう。特に、LOD350の施工図段階での変更は、モデルの情報量が多いだけに簡単ではない。
例えば、下図のようにBIM FORUMのLEVEL OF DEVELOPMENT(LOD) SPECIFICATION2021では、LOD350は壁の開口部にあたる下地材(開口部を受ける軽鉄間仕切り)などをモデル化するとしている。建設業界では、間仕切りの開口部の位置を多少変えるぐらいは設計変更に相当しないと思われる方は多いだろうが、製造の観点からは設計変更の対象となる。
2次元CADによる設計変更は、図面自体の線と文字だけを変更すればよい。しかし、BIMソフトによる図面の変更は、BIMモデルの形状と属性情報を変更したうえで、図面化する方法のため、確実に作業量は増える。後追いBIMであれば、2次元CADで変更した部分を、リアルタイムにBIMの3次元モデルも変更する作業となり、大変手間が掛かる。また、後追いのBIMモデルは、干渉チェックなどの役割を果たせば、図面に追従できなくなり、参考程度のモデルに位置付けられてしまうことが少なくない。
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