“発注者”が意識すべきフロントローディング(前編)―設計段階で引き渡す「VHO」がなぜ必要か【日本列島BIM改革論:第5回】日本列島BIM改革論〜建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ〜(5)(2/3 ページ)

» 2022年11月29日 10時00分 公開

 そもそも、BIMモデルは、膨大な情報を内包するバーチャル上の建物自体である。従って、マクレミー曲線が示すように、初期の段階では変更も容易で変更コストも低いが、作業が進むほど、変更も難しく、変更コストも高くなる。つまり、早期の仕様決定ができるかできないかが、“プロセス改善”の鍵を握ると考えてよい。

詳細な仕様決定の時期によるマクレミー曲線

 マクレミー曲線を、仕様決定の時期という観点で考えてみると、早期に仕様決定できた場合と、施工中まで仕様が決定しない場合で、作業量が大きく近く違うことを示している。

 以前、施工段階でBIMによる施工図にこだわった取り組みを何度か行った。しかし、現場では、毎日のように変更が起き、施工モデルの修正が必要となった。結局その変更に対応できなくなってしまい、施工図を全て2次元CADに変換せざるを得なくなった。その当時は、同様の試みを何件か手掛けたが、結果的にどの物件でも、完全な施工図BIMにたどり着くことはできなかった。つまり、施工BIMのモデルは頻繁に起こる変更には追従できず、BIMモデルと図面との整合性はなくなるため、2次元CADにバトンタッチした瞬間にBIMモデルは施工の参考程度のモデルとなってしまう。

 現場で大きく変わらないのは、基礎や鉄骨の躯体ぐらいだろう。しかし、仕上げに絡む雑鉄骨などは、頻繁に変わり、かつて試行した鉄骨製作図のBIM化でも、散々な結果になったことがある。

 経験を踏まえると現状では、施工BIMは施工計画や施工検討、納まりの確認程度に終わってしまい、完全な施工図BIMモデルで施工するのは、難しいと言わざるを得ない。設計者や発注者が初期段階からともに取り組んで始めて実現するのだ。

設計段階のバーチャルハンドオーバー(VHO)の意義

 マクレミー曲線では、基本設計段階での作業量は増える。これは、基本設計段階で詳細な仕様決定を行うことを示しており、2次元CADが主体ではできない。全ての情報を書き切ってはいない2次元の図面から立体的な形状を想像して判断するのは、発注者には不可能だ。そのため、建物が完成したときのイメージが必要で、詳細なBIMモデルを作っておけば、CGやVRなどの技術を用いて、建物のイメージを詳細に確認することも可能になる。

 従来は1枚の完成予想パース(CG)を作成するのに、1週間以上の時間を要した。BIMモデルがあれば、その場でパースを起こしてチェックできる。このような技術があるのに、発注者・設計・施工者も、2次元CADを主体とする既存プロセスを変えようとせず、BIMを便利なツールという位置付けにしているだけで、仕様の決め込みに使おうとはしていない。繰り返しになるがICTやBIMは便利なツールではない。こういったプロセスを変えるために必要な“テクノロジー”である。

 例えば、設計段階で、全ての仕様を決め、そこをバーチャルハンドオーバー(VHO:仮想引渡し)として、ヴァーチャル上の建物は設計段階で引き渡すとすればどうだろうか?

 もちろん、それ以降に設計変更が起きた場合には、VHO後の設計変更として、コストと工期が改めて発生するという考え方である。このような前倒しのプロセスが実行できれば、発注者をはじめ、関係者全員が真剣にCGやVRなどであらかじめ確認し、少しでも設計変更の起きないように気を配るはずだ。まさにこれが、フロントローディングというものであろう。

バーチャルハンドオーバーと引渡し(ハンドオーバー)の関係

 もし、設計段階でVHOを行えたら、デジタルツインの仮想上のモデルとみなし、これをもとに実際の建物を建設してゆけばよい。まさに、デジタルツインによる施工が実現する。VHOが早期に実現し、引渡し(HO)までの期間が長ければ長いほど、部材の施工までのリードタイムが十分に確保できる。そうなれば、施工方法・施工手順・安全計画などで十分な検討がなされるために、コスト・工期・安全などの本当の意味での効果が表れるはずだ。

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