では、なぜ日本では要求条件を明確にせずに済んできたのか。私はそこに日本独特の文化が存在していると思う。例えば、阿吽(あうん)の呼吸のようなものが存在し、具体的に、あるいは細かく記述して伝えなくても相手に意図が伝わる文化である。むしろ、以心伝心で伝わることが良しとされ、相手を信じて性善説で依頼する商習慣が長らく通用してきたともいえる。一方で、一部の設計者や施工者による発注前段階の過剰なサービスに、発注者が甘んじてきたことも一因としてあるだろう。
実際、設計者が要求条件書を作成したり、発注者が一部設計したり、さらには設計しながら、ときには実施(施工)段階で要求条件を変更することなど、かつては日常的に行われてきた。これは、途中でさまざまな改善なども可能になる場合もあるので、必ずしも悪いことだとはいえないが、グローバル化の視点で見ると話は違う。以心伝心で伝わる人ばかりでもないし、善人ばかりでもない。明確な要求条件書を作成しておかずに、万一、裁判にでもなれば、根拠を示すものがなく、大変なことになる。そのため、発注者として明快かつ明確な要求条件書を示す必要があるのである。
要求条件書には、大きく3つの項目を記述する。1つは「目標」である。プロジェクトのゴールやコンセプトを明示する。2つ目は「制約条件」。経済的、物理的、あるいは時間的な制約条件を示す。3つ目は、「要求条件」。発注者の思いやニーズ・課題などを伝える。これら3つの項目はそれぞれ重要だが、とくに「目標」や「要求条件」を的確に伝えることが大切である。
かつて、私が身体の不自由な方のモデル住宅を設計したとき、「要求条件」も作成をしなければならず、いかにまとめるかを悩み、四苦八苦しながら、詩(ポエム、シナリオ)で表現する方法を思い付いた。過去に例のない要求条件の作成方法だが、それを実践したところ、とてもスムーズに設計もでき、プロジェクトもまとめることができた。1980年代後半のまだバリアフリーやユニバーサルデザインという言葉が浸透していない時代の古い話であるが紹介しよう。
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