製図からBIMへ──設計ワークフローを支えるメディア技術史建築(家)のシンギュラリティ(1)(3/3 ページ)

» 2017年10月24日 06時00分 公開
前のページへ 1|2|3       

4.新しいワークフロー

I そして話はワークフローの問題に戻って来ます。既に出来上がっている仕組みの中に新たな技術のワークフローが入ってくるという考え方もありますが、一方で、新しい技術がこれまでのワークフローを前提にした分業の体制自体を溶解させる傾向もありますよね。

 一番分かりやすいのは「パラメトリック・モデリング」6です。今までは形を決めていく上で、曖昧な部分は言葉で伝えるしかなかった。けれどパラメトリックに定義されたモデルを使えば、「こんな形の物にしたい」というときに、「この法則に従えば、コントロールポイントはあなたのほうでいじっていいよ」という会話ができるわけじゃないですか。デザイナーが最初からパラメトリック・モデルをつくっておくことで、例えばエンジニアが形態そのものに直接フィードバックがかけられる。あるいは設計当初は制限があるかどうかわからなかった情報を、後から取り出して再検討することができる。

 パラメトリック・モデリングは一番分かりやすいケースだけど、これに限らず、エアフロー・シミュレーションでもなんでも、こうした技術の登場というのは、現実の予測と技術の利用に関して今までではできなかったタイプの会話ができるようになるというのが一番大きなポイントなんじゃないか。そこから波及的にワークフローや組織が変わるのではないか、と僕は思っているんです。

N これまではそれぞれの分業された領域の中で完結していた意思決定のプロセスが、領域を横断したキャッチボールを通して柔軟に落とし所を探していくようなあり方で可能になりつつあると。

I かつては図面だったけど今だとBIM。こうした生成的・創造的な役割まで含めたコミュニケーションツールとしての「建築メディア」の性能が、今ものすごく拡張されているわけですよ。

 池田研のOBでアルゴリズムデザインラボ代表の重村珠穂は、そうした拡張された建築メディアの可能性を仕事として追求している世代の一人ですね。彼女たちがやっているのは、簡単に言うと今までのワークフローの間をデジタルなツールを使ってつなぎなおすという仕事です。デザイナーやメーカー、ファブリケーターといった、建築に関わるさまざまなステークホルダーの間をうまくつなぐ役割を、デジタル情報メディアに担わせているわけですね。この辺は、問題解決のためのエンジニアリングとはちょっと違う。ワークフローをデジタルに「メディエーション(仲立ち)」しているとでも言うべきでしょうか。さらにこうした議論をデジタルファブリケーションにまで広げると、加工機材の特性がこの過程を通じて結果的に建築の形を決めることもあるわけですよね。ツールの設計者が、建築家じゃないのに建築家より形と仕組みをつくっていくという、不思議で新しい役割分担が生まれているわけです。

N 新たなワークフローの形が、図面という情報メディアのデジタルな拡張を通じて実現しつつあるということですね。媒介であるはずの情報メディアが、実現される形自体を決定しているという反転した見方が可能になっているという指摘は、情報メディアと建築家の分かちがたい関係が新しいフェーズに入ったことを予感させるものでした。オーセンティックな建築家という職能は、思った以上に簡単に、テクノロジーによって揺さぶられるのかもしれません。

 初回から大変スリリングな議論でした。池田先生、どうもありがとうございました。

6.パラメトリック・モデリング - そもそもは3D CADにおける、パラメータ(拘束条件)の積み重ねによる形態表現手法を意味する言葉であったが、近年ではGrasshopperなどのビジュアル・プログラミング言語を介して、パラメータの操作を行うことの方に主眼を置いた3Dモデリングの手法を指す。

第2回:建築のアルゴリズムとは何か──「他者」を巡る設計方法論の発展史

著者プロフィール

中村健太郎(なかむら・けんたろう)

1993年、大阪府生まれ。慶應義塾大学SFC卒。在学時は主に松川昌平研究室にて建築学におけるアルゴリズミック・デザインの可能性を研究。学生時代より批評とメディアのプロジェクトRhetoricaに携わる。現在はNPO法人モクチン企画にて建築設計・システム開発に従事。


編集協力

太田知也(おおた・ともや)

1992年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。修士(デザイン)。学生時代より批評とメディアのプロジェクトRhetoricaに携わる。現在はNPO法人bootopiaに所属し、島根県津和野町にてローカル・メディアの編集/デザインに従事。共著に水野大二郎+太田知也『FABが職業を変える──デザイナーからメタ・デザイナーへ』『FABに何が可能か──「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』(フィルムアート社、2013年)


前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.