間違いだらけの「日本のBIMの常識」Vol.1 そもそもBIMとは何か?【日本列島BIM改革論:Reboot】日本列島BIM改革論〜建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ(10)(3/4 ページ)

» 2025年07月24日 10時00分 公開

間違っている日本の運用段階のBIMの常識

 次に竣工後の「運用段階のBIM」について考えてみよう。日本では、維持管理BIMなどという言葉があり、「竣工後の建物の運用や維持管理で活用するために作成されたBIMのモデルやデータのこと」、または「竣工後の建物の運用や維持管理で、設計・施工で作成したBIMモデルやデータを活用すること」などと捉えられている。

 こうした考え方は、建物の運用を行うオーナーの視点からすると、あまりありがたいことではない。設計・施工で作ったBIMモデルを運用段階で生かすことで、BIMを実施することに対する設計・施工のコストを上げる要求につなげたいという思惑、運用段階という新しい分野でのビジネスチャンスをものにしたい設計・施工側の意図が透けて見えてしまうからだ。

 また、竣工後の運用や維持管理で3次元のBIMモデルを使うには、BIMソフトウェアの導入やそれを扱える人材、新たなシステムの開発などの多額の投資が必要になる。毎日または毎週のように頻繁に行う管理業務に、毎回重たい3次元モデルを表示して作業するのは煩わしいだけと思われてしまう場合もある。そのため、建物の運用を行うオーナーからしてみたら、わざわざコストを掛けて、BIMモデルで運用や維持管理をしなくても、これまでの方法で十分ということになる。

 そもそも、30〜100年という建物の利用期間の中で、建物は修繕・改築・増築を繰り返すので、引き渡し時点で正しいBIMモデルを受け取ったとしても、そのモデル維持することは難しい。運用や維持管理側には、BIMソフトウェアを扱える技術者はいないし、いたとしても30〜100年の間に世代交代してしまえば続かないだろう。そもそも、それだけの期間、BIMソフトウェアやそれに関連する技術や仕組みが、どのように変ってゆくのかという先も読めない。現在の日本のBIMの常識で建物のオーナーに説明しても、「当面、維持管理BIMは必要ない」との結論になるに違いない。

 では、海外の常識で、運用段階のBIMとは何か?それは、設計・施工のBIMモデルを活用することでも、設計・施工の情報を受け取ることでもない。竣工後の運用や維持管理行う関係者自身が、オーナーを中心に、自らプロセスを見直し、情報マネジメントの概念を導入することだ。

 竣工後の運用段階の活動はとても複雑であり、同時にさまざまな作業やシステムが動いている。例えば、資産台帳の管理やAM(アセスメント)システム、FM(ファシリティマネジメント)システム、清掃管理、リース管理など、日々の管理業務は山ほどあり、基本的にそれらは個別に作業している。その仕組みは、デジタル化されたものもあるが、いまだに紙などの書類で管理されているものが大半。そこで基になる情報をデジタル化し、共通データ環境で一元管理し、各システムに連携して活用しようとする仕組みを作る。繰り返しになるが、運用・維持管理段階での情報の統合とデジタル化が運用段階のBIMの目的だ。もちろん、3次元のBIMモデルを活用するという選択もあるだろう。ただし、その場合はそれが最適な方法だと考えられる場合に限られる。こうした情報マネジメントで、統合やデジタル化された情報は、多棟管理の際に重要な役割を果たす。

運用段階のBIMのイメージ 運用段階のBIMのイメージ 筆者作成

 このように考えた時、竣工後の運用側の関係者が、設計・施工に期待するものは何か?それは設計・施工の情報を運用や維持管理のシステムに連携し、生かすことになる。例えば英国では、「COBIE」という中間フォーマットで、設計・施工の情報を運用しようとしているFMシステムなどに連携し、その初期設定に役立てている。単独で新しい建物のFMシステムを構築するのは手間暇が掛かるので、設計・施工の情報があれば、その部分を省力化できる。そのため、設計・施工が始まる前に、運用や維持管理でどのような情報が必要かを明確にし、要求事項もしくは契約条件として伝えておく。このように設計・施工の情報を運用や維持管理に役立てることが、海外では一般的になっていると考えてよい。

 国際規格で竣工後の運用段階のBIMの定義は、設計・施工段階と変わらず、「意思決定のための信頼できる基礎を形成する設計・建設および運用プロセスを容易にするための共有デジタル表現の利用」。設計・施工と異なるのは、ISO 19650-3にある企業システムとの情報連携がなければ機能しないことだ。もちろん、竣工後の運用段階の全ての活動を管理対象としなくてもよい。デジタル化や統合化の必要がなく、既存のやり方で何も問題なければ、情報マネジメントの対象としなくてもよいだろう。まとめると運用段階のBIMは、運用や維持管理を行っている関係者が自らの業務を改善するために、管理しなければならない活動を定め、その上でBIMを使用した情報マネジメントを導入することになる。

 当たり前だが、「建物は作るために作るのではない、使うために作るのだ」が前提だ。建物を作るには何らかのきっかけや目的がある。それは資産価値の向上、利益拡大、社会的貢献、企業の価値向上など、経済的または社会的な目標がある。こうしたメリットが明確に見えてきたとき、施設のオーナーは迷いなく運用段階のBIMに向き合うようになるだろう。

 日本の常識で竣工後の運用段階のBIMに取り組んでも、なかなか建物のオーナーや運用段階の関係者に響かない。運用段階のBIMの常識を変えると共に、建物のオーナーや運用段階の関係者が、情報マネジメントによる情報の統合とデジタル化の必要性に目覚めた時に初めてBIMへの見方が変わり、新しい時代が到来する。

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