世界の建設業界を変えてゆく、BIM国際規格「ISO 19650」【日本列島BIM改革論:第9回】 日本列島BIM改革論〜建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ〜(9)(2/3 ページ)

» 2024年03月07日 10時00分 公開

BIMを使用する情報マネジメントで扱う範囲

 BIMを使用する情報マネジメントの範囲を図4で示す。図の左にある設計作業では、設計や作図だけでなく、施主や役所との打ち合わせや施工段階での設計内容の対応などの作業も含む。大手設計事務所やゼネコンでは、作図作業だけでなく、設計作業も協力業者に依頼して、自らは施主や行政機関との打ち合せや調整などが主な作業となる場合もある。その場合、Revitなどのソフトウェアを使う作業は、協力業者や派遣社員のオペレーターが担当することが多く、自らはRevitなどのBIMソフトウェアを使う時間があまりないために、その部分の業務改善効果は期待できない。作図作業を自ら行う企業でも、作図作業自体の効率化を図っても、効果の幅はその範囲にとどまる。言うまでもなく、“2DCADの後追い”でBIMモデルを作っている状態では、生産性を高めることにはならない。

 また、右にある施工管理業務でも、同様に、BIMソフトウェアで施工図を作成する業務は、工事管理業務の一部であり、その他の管理業務と関連付けられることはあまりない。例えば、日本ではBIMプロセスが安全や情報セキュリティとつなげて考えられることはあまりないが、ISO 19650-5(5部)が「情報セキュリティ」を担い、2024年に発行するISO 19650-6(6部)が「安全衛生のリスク」に対する配慮だと考えると、情報マネジメントで取り組むべき範囲が、日本での今の認識と異なっていることが分かるはず。

 このように、情報マネジメントとしてのBIMは、設計・施工におけるほぼ全体を改善すべき範囲だとしている。

図4 BIMソフトウェアや情報マネジメントが対象とする改善範囲 図4 BIMソフトウェアや情報マネジメントが対象とする改善範囲 筆者作成

 「共有デジタル表現」というのは、聞きなじみのない言葉だと思うが、BIMソフトウェアで作成した3Dモデルをクラウドに入れて、複合モデル(統合モデル)を作り、情報の協働生産を行い、干渉チェックや解析などのBIMユースを実施するというレベルの状態を指す。そのレベルでは、単独でRevitなどのBIMソフトウェアを使っている状態から、組織やチームなどの集団でクラウドを活用しながら、BIMソフトウェアで業務を行っている状態に移行している。打ち合せや調整などでもクラウドを活用するので、技術的な面では、かなり成熟した段階にある。

 情報マネジメントというのは、こうした技術的な側面だけを管理するのではなく、組織や人などの役割や能力などの人的なマネジメント、入札や応札/受託といった契約に関わる商業的なマネジメント、そのプロジェクトの成果物管理など、情報の計画、生産、納品に関わる多くの要素を含んでいる。そのため、プロジェクトに関わる全ての当事者が関与し、設計事務所やゼネコンといった元請受託組織だけでなく、発注組織や元請受託組織の協力会社までマネジメントの対象とすることが望ましい。もちろん、プロジェクト全体のマネジメントを考えると、発注組織がイニシアチブをとることが最も効果が大きいが、元請受託組織や協力会社で取り組むことも情報マネジメントによる情報の統合/デジタル化という観点では、企業の発展のためには必要になる。

 私個人としては、共有デジタル表現によるBIMの技術的な側面を整備することも大事だが、これらを使った情報マネジメントによって成し得る成果が、本来BIMで実現する目標とすべきだと考えている。

国際規格「ISO 19650」に取り組むメリット

 よく聞かれることが多いので、国際規格のISO 19650のBIMを使用した情報マネジメントに取り組むメリットをまとめておく。メリットとしては下記が考えられる。

 

  • BIMに関する用語や基本的な考え方の統一
  • 企業や国を越えた業務連携の実現(設計→施工→運用など)
  • 情報要求事項の明確化による設計変更の低減
  • BIM実行計画などにより高いプロジェクトの計画性と目標の実現性
  • 共通データ環境(CDE)による確実で信頼性の高い情報の協働生産
  • プロジェクトに関わる組織/当事者の役割と能力の明確化
  • 情報の統合・デジタル化による情報の価値の向上
  • 情報マネジメントプロセスに沿った情報セキュリティや安全のリスクへの対策

 

 英国政府が示すように、こうしたメリットは、建設業界の命題となっている「コスト削減」「生産性向上」「工期短縮」「品質向上」「リスク低減」「CO2削減」などにつながり、持続可能性といった社会課題の解決も、もたらされる。

 ISO 19650の情報マネジメントを理解している発注組織側からすると、ISO 19650を実務の中で取り組んでいる企業の方が、各社個別に独自の考え方でBIMに取り組んでいる企業より、はるかに計画的かつ協調的で信頼性の高い業務を行っていると評価するだろう。だが、発注組織が、自らのプロジェクトで成果を理解し、その成果物としての情報を有効に活用するため、発注組織がその中心となって機能することが望まれる。そうすることで、プロジェクトの情報マネジメントは本当の意味で完成すると言ってよい。

 逆に、情報マネジメントに取り組むデメリットは、企業や組織のプロセス自体を変える必要があるので、それに取り組む企業は、それなりの覚悟が必要となることだろう。情報管理文書(EIR、BEP、MIDPなど)の整備、管理文書を使った情報マネジメントの教育と実践、共有デジタル表現(BIMソフトウェアの実務活用やCDEの運用)の整備などには、コストも時間もかかる。プロセス自体を変えることは、従来のプロセスに固執しがちな古い世代の方には、なかなか受け入れてもらえない面もあるだろう。しかし、ICTを建設業界に取り込むためには、技術的な側面だけでなく、情報マネジメントという考え方が必要なのは誰の目から見ても明白。しかし、日本でもプロセスを変革し、情報マネジメントに真摯に取り組む企業が現れてきている現状は、喜ばしいばかりだ。

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