英国が国策で進める“ナショナル・デジタルツイン”とISO 19650の次段階【BIM特別鼎談 Vol.2】BIM先進国の英国に学ぶ(2/3 ページ)

» 2023年04月24日 06時25分 公開
[石原忍BUILT]

英国が国策レベルで取り組む“ナショナル・デジタルツイン”

バトラー氏 確かに、英国では政府と産業界の重要テーマとして、近年は勢いが増している分野です。ケンブリッジ大学とビジネス・エネルギー・産業戦略省のパートナーシップ「デジタルツインハブ(Digital Twin Hub)」が、デジタルツインに接続するための情報管理フレームワーク開発プログラム「ナショナル・デジタルツイン・プログラム(National Digital Twin Program:NDTp)」を運営しています。ちなみにNDTpは2018年7月に大蔵省のHM Treasuryが、デジタルツインハブの前身となる「デジタル・ブリテン建設センター(Centre for Digital Built Britain:CDBB)」の主導のもとで立ち上げられました。

 さらに諮問機関として、デジタルフレームワークタスクグループ(DFTG)があり、産学官のシニアリーダーで構成されています。CDBBのNDTpは、竣工後のインフラ(スマートシティー)と建設部門のデジタル変革の重要な一歩となりました。NDTpは、政府からも資金面での支援を受け、建設専門家の知識を統合し、“ナショナル・デジタルツイン”を受け入れていくためのフレームワークを構築しています。

ケンブリッジ大学Webサイトでの「National Digital Twin Program」の説明 ケンブリッジ大学Webサイトでの「National Digital Twin Program」の説明(画像クリックでリンク先へ) 出典:National Digital Twin Programme.University of Cambridge.
What is the National Digital Twin (NDT)?CDBB

BUILT編集部 NDTpが目指している“ナショナル・デジタルツイン”というものはどういうものなのでしょうか?

バトラー氏 “ナショナル・デジタルツイン”とは、インフラのデジタルデータも接続(コネクテッド)したデジタルツインのことです。デジタルツインは、単に建物の3DモデルやBIMモデルではありません。設計意図や運用効率に照らし合わせ、建物が今どのように機能しているかを監視する必要があります。IoTセンサーから情報を収集し、分析をサポートして、利用状況をモニタリングする。

 最近では、クライアントからの要求の高まりや政府の法律、サステナビリティの目標に対応するため、Autodeskのユーザーからのニーズが増えています。その好例が、ロンドンでエンジニアリング・コンサルティング会社Arupが設計に関わり、自社もテナントとして入居する新しいオフィス「シャーロット ストリート 80 番地(80 Charlotte Street)」です。新設したオフィスビルは、ハイブリッドワークのために設計されたロンドン最大のオール電化ビルとなっています。

Designing 80 Charlotte Street.Arup

伊藤氏 補足すると、BUILTの連載第6回で、「設計・施工段階におけるデジタルツイン」に触れました。しかし、スティーブさんが言っている“デジタルツイン”は少し意味が違っていて、バーチャルハンドオーバーによって決まった設計・施工のデジタルツインではなく、竣工後の街づくり(=インフラ)を含むデジタルツインを指します。全部がバラバラではなく、設計の段階から維持管理運用までの全ライフサイクルを視野に入れており、「インフラのデジタル化」と呼ばれている領域ですね。

 ISO 19650-3から派生した話になるのですが、建物の運用段階でのデータも統合したデジタルデータを、スマートシティーなどの街づくりの中でデジタルツインとして活用していくことがベースとなり、DXへつながっていくというイメージです。それが、英国では“ナショナル・デジタルツイン”と呼ばれ、国策レベルでの取り組みが進行していて、私も研究中ですが、大変興味深い内容となっています。

スティーブ・バトラー氏 スティーブ・バトラー氏

バトラー氏 その際に取得するデータが高精度であれば、インフラの建設、管理、運用だけでなく、最終的な解体や再建築にも転用が見込めます。そのため、結果的にテナントやビルオーナーに節約をもたらすことにもなり、全ての人のための社会的利益を確保するために効果的に使用することが極めて重要です。もちろん、広範なサステナビリティの目標達成に役立つことは言うまでもありません。

伊藤氏 私がBUILTで解説したのは、あくまで設計・施工段階におけるデジタルツインでしたから、要するにバーチャルハンドオーバーによって仕様が決まったものを、施工の段階のモデルを実際の建物に対して作るという行為をデジタルツインという言い方にしていました。スティーブさんは、この設計・施工段階でモノを作る「デジタルツイン」については、どのようにお考えですか?

バトラー氏 全部バラバラではなくて、同じプロセスの一部なのです。設計の段階から、最終的にデリバリーされる成果物が何であるか、入居するものは何か、はじめから全部考え、プロジェクトの全てのライフサイクルを視野に入れておくべきです。1つの段階が済んだら、次の段階にハンドオーバーする(引き継ぐ)のではなく、全体でモデル化するのであればデジタルツインと言えますね。

伊藤氏 ということは、やはり設計・施工段階から、デジタルツインの概念が盛り込まれていて、竣工したから終わりではなくて、その後の運用にもつなげていくべきということですね。

バトラー氏 Autodeskでは、数年前からデジタルツインに投資しており、デジタルツインプラットフォーム「Autodesk Tandem」を提供しています。Tandemはクラウドベースのデジタルツインプラットフォームで、プロジェクトがデジタル上だけで完結します。アクセスも簡単で、設計・施工だけでなく、維持管理の段階でもBIMなどのデータを利活用できます。

BUILT編集部 デジタルツインで活用する設備情報や位置情報などのインフラデータもそうですが、建設前のBIMデータなど、秘匿性の高いデータを共通の環境で取り扱うにあたって、サイバー攻撃をいかに防ぐかが課題になってくるのではないでしょうか。その点は、ISOでどのように示されていますか?

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