生成AI導入にあたり、西松建設は3ステップからなる導入戦略を策定した。ステップ1は社員が安全に利用できる社内専用生成AIの導入。ステップ2は建設業特有のニーズに対応する機能カスタマイズ。そしてステップ3では、設計図書や社内文書を参照させ、自社ナレッジを活用することで高度な業務利用へと発展させる。
ステップ1と2については、2023年10月から生成AIスタートアップ燈(あかり)の「AKARI Construction LLM」を導入することで短期間に実現できた。AKARI Construction LLMはChatGPTなどの大規模言語モデルを建設に特化させており、一般的な生成AIでは正確な回答が難しい業界特有の専門用語にも対応できる。
増田氏は導入の背景について、「建設業では多くの専門用語を使用するが、一般的な生成AIは汎用的な知識をもとに回答するため、専門的な知識や用語に対する質問には精度が低いという課題があった。他のソリューションとも比較したが、専門知識に対する回答精度の高さを理由に燈の生成AI導入を決めた」と話す。
その後のステップ3の自社仕様カスタマイズでは、社内に蓄積された膨大な知的財産と生成AIとの融合を図った。その成果として、燈の生成AIをベースに2つのシステムを内製で開発した。
1つ目は、社内問合せの省力化を目的とした、人事/法務/経理などの社内文書検索システムだ。2023年10月から開発に着手し、2024年に入ってから利用を開始した。
クラウドストレージ「Box」に保存した通達や人事規定などの文書を生成AIが参照し、質問に応じて回答する仕組みを構築した。例えば、「住宅手当申請に必要な書類は何か」と質問すると、関連する規定文書を参照して答えを提示する。回答内では、AIが参照した文書の出典が明示されるので信頼性も担保されている。
多くの文書を活用するために、学習ではなく毎回参照する設計にした。回答時間は長くなるが、情報漏えいリスクを低減できる。また、回答精度を上げるために、生成AIに参照させる文書の「人事」「経理」といったジャンルをユーザーがあらかじめ指定する機能も搭載している。
「AIと聞くと学習のイメージがあるが、生成AIを活用する際は『概念は学習させるべきだが、知識は参照させた方がよい』と考えている。参照であれば古い情報は含まれず、常に最新の知識で回答できる。コスト面でも、現在はRAG(検索拡張生成)の方が圧倒的に構築しやすい」と強調する。
2つ目は、2025年9月に運用がスタートした技術提案書作成支援システムだ。技術提案書は公共工事の入札で評価対象となる重要な文書で、作成にあたっては過去の技術提案事例の参照/分析が欠かせない。しかし、過去の事例を探して読み込むには膨大な時間がかかり、確認漏れが起きることもある。そこで生成AIの出番だ。
新規案件ごとに、入札図書から工事内容や提案テーマ、禁則事項などを人の手で整理した「応札物件記入シート」を作成する。それを基に、AIに案件に関する条件を入力すると過去の技術提案事例のデータベースを参照し、情報を網羅的に取得して、提案内容の骨子案を生成できる。その後は技術者が現地条件や技術条件などについてAIと対話しながら、より良い技術提案を引き出していく。骨子決定後は提案書のたたき台作成まで担う。
現在、山岳トンネル工事を中心に600件の過去事例をデータベースに格納済み。提案書では文字数指定の他、使用する/しないワードの指定も可能で、一定の実用性を担保できているという。
増田氏は生成AI活用のポイントについて、「生成AIを使うことで、人の目では気付かなかった知見を生かせることもある。ただ、入札条件の整理は人力にした。スタート地点を誤るとその後の全てに影響するためだ。人とAIが役割分担をして、AIが得意な部分はAIに任せ、人は人にしかできない業務に集中する。重要なのは生成AIに任せきりにせず、人によるマネジメントを徹底することだ」と力説する。
システムの効果は、提案書作成にかかる時間を削減するだけではない。社内の知的財産を活用しながら業務の属人化を防ぎ、提案書のクオリティーを均質化できる。経験の浅い社員でも良質な提案書が作成可能になるのだ。
生成AIが参照できる過去の事例は、現在は山岳トンネルのものがほとんどだが、今後はそのデータベースを拡張して、対応範囲を広げていく予定だ。
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