建設業界では、2024年4月に時間外労働の上限規制がスタートすると、働き手不足の危機感が一気に強まった。そこで期待されるのが、ITとコミュニケーションで建設現場とオフィスをつなぐ新しい職域「建設ディレクター」だ。建設DXの推進者として業務効率化を担い、業務プロセスや組織自体を変え、新規採用にもつながり、苦境にあえぐ建設業界で救世主のような存在に成り得るという。
一般社団法人の建設ディレクター協会 理事 田辺直子氏は、「第9回 JAPAN BUILD TOKYO−建築の先端技術展−」(会期:2024年12月11〜13日、東京ビッグサイト)で、「採用につながる、組織が変わる、建設ディレクターがもたらす効果」と題して講演した。
現時点では、まだ熟練の技術を習得したベテランが現場にいる。しかし、ほんの数年後にはベテランが激減すると同時に、今後の業界を支える29歳以下の人材が不足することが分かっている。さらに、建設後50年を超える公共インフラの老朽化という深刻な課題もある。橋梁やトンネルなどの構造物は、高い技術を持つ技術者と現場作業者の両方がいないとメンテナンスできない。
建設ディレクターは、こうした危機的状況でDX推進者の役割を果たす。田辺氏は、技術者との連携や人材の確保など、建設ディレクターがもたらす効果を解説した。
建設ディレクターは、デジタル技術を使って建設DXを実現を担う人材だ。日本で建設ディレクターが求められる背景には、21世紀に入り、建設業界の市場が様変わりしたことがある。その顕著な例が建設需要に対し、労働者が大幅に不足している状況だ。
日本の建設業では1997年に建設投資額が84兆円あり、担い手は685万人存在した。その後、リーマンショックをきっかけに42兆円まで落ち込み、人材も497万人に減少する事態となった。幸いながらリーマンショック後は徐々に増加し、2023年にはリーマンショック時の約1.7倍となる70兆円にまで回復している。ただ、就業者は483万人で、リーマンショック時から微減の状態だ。つまり現在の建設業は、需要が拡大しているのに労働者が足りないといえる。
人材については冒頭で触れたように、今後は業務に関する経験や知識を持ったベテラン人材の退職時期が迫っている。インフラ老朽化への対応も避けては通れない。田辺氏は、「今の暮らしを維持しようとすると、今までの1.5倍仕事をしなくては成り立たなくなる」と状況の深刻さを説明した。
田辺氏が理事を務める建設ディレクター協会では、建設ディレクターによって、建設業界が抱える課題の解決に取り組んでいる。
現在の建設業では、多くの仕事を少ない人員で処理しなければならないので、建設技術者/技能者は常に忙しく、コア業務さえも集中できなくなっている。技術者/技能者がこうした状況だと、専門スキルを若手に伝えることは難しい。若手も、忙しそうにしているベテランに声をかけにくくなる。建設に関するノウハウは属人化しやすいが、余裕がなければノウハウを共有する仕組み作りにも踏み出せない。
建設ディレクターは、こうした問題を打破する存在として生み出された。田辺氏は「技術者が本来の生産性に直結する業務に集中する環境を作りたい」との思いから建設ディレクターを考案し、導入と定着に向けた活動をしている。
田辺氏は建設業では現場技術者の全業務中60%が書類業務なことを示し、「書類に関係する業務を建設ディレクターがリアルタイムで分業する制度を築けたら、技術者がコア業務に集中できる」と話す。
建設ディレクター協会が目指す建設ディレクターの目標は、技術力の向上と内製化がある。そのため、建設ディレクター協会は、建設ディレクターの育成や仕組み作りを支援している。
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