講演後半は中村公洋氏が担当。スマートビルを構成するキーワード、ユースケース検討、そして現状の課題とそれへの基本対応方針について解説した。
スマートビルのキーワードで最初に採り上げたのは、デジタルツイン。建物のアセットのデジタル化についてだ。中村氏は、現在のビルが抱える問題点を、建物のサブシステム群は個別に最適化されているが、全体で最適化ができていない、いわば「ガラパゴス化」した状態にあると指摘し、全体最適化すれば省エネのポテンシャルは2〜3割程度あると見積もる。さらに、ビルの省エネ検討にBIMのジオメトリーが用いられることが少なく、またはデータそのものが入手できないこと、現在は建物の設備のチューニングを人手に頼らざるを得ず、人手不足が進むことで、全体最適化がさらに難しくなることを挙げた。
中村氏が解決に不可欠と考えるのが、中村氏が「ビルOS」と呼ぶ建物のデジタルツインだ。「ビルに備え付けられた照明、空調、入退管理、人流計測など、各設備システムから得られるデータを扱う領域(協調領域)を整理することで、BIMのジオメトリー情報やAIと連携しながら、空間や設備構成、天気予報や電力の需要量と供給量の差分で発生するインバランス料金、IoTの稼働データなどを計算するシミュレーションが可能になり、高度な省エネ、省コストでの脱炭素が可能になる」。
続いて中村氏は、スマートビルのキーワードとして、パーソナル・デジタルツイン(PDT)を挙げた。PDTとは、簡単に言えば、人の身体的特徴や価値観、行動、運動などの情報をもとに作成したデジタルモデルのこと。欧州では予防医学の核心とされ、個人の正確な意思決定も支援する構想もある。
中村氏はPDTについて、「大量のデータを個人情報に配慮したかたちで取得することに加え、データの信頼性を確保すること」が必要としたうえで、「PDTやビル内のカメラなどで読み込んだ認証コードや画像による位置情報などのデータが、デジタルツインを介して作業用ロボットの位置情報の校正や管理運用/マネジメントなどにも活用できるようになる」と説明する。
3つ目のキーワードで言及したのは、「不動産共通ID」。不動産共通IDとは、国土交通省が整備する不動産登記簿の不動産番号(13桁)と特定コード(4桁)で構成される17桁の番号を指す。不動産を一意に特定する共通コードで、不動産のマイナンバーとも呼ばれ、不動産テックによる新たな市場創生と利便性の向上が期待されている。
スマートビルにおける不動産共通IDの潜在的可能性について中村氏は、「スマートビルを通して、オープンデータとして公開されているBIMデータと連携することで、人流データや多様なセンサーで取得したデータをもとにした避難経路や安全対策、混雑回避などの人流シミュレーションも可能になる。さらに、マーケティング観点での商圏分析やMaaSとの連携、建物の修繕情報の集約、作業人員の最適化への活用も想定される」と期待する。
中村氏は、スマートビルのユースケース選定にあたっては、「ビルOSなどを通じたデータ連携で、収支の改善を中心に入居者や来場者の価値につがなるものであることが大切」とし、その観点から不動産業界のステークホルダーなどと意見を交換しながら整理したアイデア「都市バーチャルパワープラント(VPP)に伴う行動変容」について解説した。
バーチャルパワープラントは、太陽光発電や蓄電設備など小規模な分散型エネルギーリソースを、IoTを使って遠隔で統合制御して、電力の需給バランス調整に用いる仕組みのこと。
中村氏は、都市単位で今後発展が見込まれる「デマンドレスポンス(DR)」(電力リソースを調整して電力需要パターンを変化させること)で、リソースアグリゲーターと連携しながら、個々のビルの電力リソースを統合制御する点で、ビルOSが都市VPPの実現に貢献すると話す。さらにビルOSは「多様なシステムから取得したデータを制御する中核として機能することで、人やモビリティの行動変容を介して都市のエネルギー、ウェルビーイングの最適化にも寄与できる」との期待を示し、想定する都市VPPに伴う行動変容例として、「オフィースワーカー/買い物客」「ドローン/配送ロボット」「EV」について、それぞれ解説した。
中村氏は、解説した3つの行動変容例はあくまでも参考であり、実現可能かはまだ分からないと断ったうえで、「スマートビルを介して連携するサービスやプラットフォーム数が増えるほど、ウェルビーイングやサステナビリティの向上、省人化や省力化が図れる。ITのインフラが建物レベル、都市レベル、社会レベルへと進展していくことで、IT人材の醸成や産業の振興にまでつながる好循環が生まれるところまで、スマートビルの取り組みで狙っていきたい」と意気込みを語った。
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