ファシリティマネジャーってどんな人(下)いまさら聞けない建築関係者のためのFM入門(5)(1/2 ページ)

本連載は、「建築関係者のためのFM入門」と題し、日本ファシリティマネジメント協会 専務理事 成田一郎氏が、ファシリティマネジメントに関して多角的な視点から、建築関係者に向けてFMの現在地と未来について明らかにしていく。今回は、前回の後編として、現実の優秀なファシリティマネジャーを紹介しつつ、引き続きあるべき姿とはどのようなものかについて論じる。

» 2020年08月20日 10時00分 公開

 前回のファシリティマネジャー前編では、ファシリティマネジャーの立場や役割などについて述べたが、実際、ファシリティマネジャーとはどのような人なのか。実在する人物で語った方が分かりやすいだろう。建築家から見事に国際的なファシリティマネジャーに転身し、経営者としても輝かしい実績を有する逸材をご紹介しよう。

 2020年4月から、神奈川県の政策顧問に就任された猪股篤雄氏である。氏は、ドイツのシュツットガルト芸術大学卒業後、黒川紀章建築都市設計事務所の日本及びドイツの事務所に勤務。その後、建築コスト・積算を学ぶため二葉積算に勤め、そして発注者としてのFMに目覚めて、シティバンク、エヌ・エイでファシリティマネジャーとして活躍し、この間、当協会JFMAの理事や1988年にはJFMAの第1回FM訪米調査・視察団の団長も務めたという比類なき経歴の持ち主だ。

 シティバンク退社後には、ドイツ銀行証券部門、香港上海銀行などで、FM、企業再生、資産売却などに携わり、国内では明和地所で不良債権処理や新規ビジネスの立ち上げを担当し、2012年10月から一般公募による選考で、神奈川県住宅供給公社理事長に就任し、1270億円の負債を抱えた公社を見事に建て直した。その業績は素晴らしく、第14回日本ファシリティマネジメント大賞(JFMA賞2020)の最優秀ファシリティマネジメント大賞を受賞している。

第14回日本ファシリティマネジメント大賞 最優秀ファシリティマネジメント大賞を受賞した神奈川県住宅供給公社

 その内容は、JFMAの日本ファシリティマネジメント大賞紹介ページと、当BUILTでの「JFMA賞2020」の記事にも詳しく紹介されているが、ここではFMの視点からその軌跡を追ってみたい。

JFMA賞2020「神奈川県住宅供給公社編(上)」:

莫大な負債からの再起をFMで、神奈川県住宅供給公社が明かす賃貸住宅の“有機的”なワークフロー

 神奈川県住宅供給公社は、1991年のバブル経済崩壊を機に、経営が立ち行かなくなり、多額の負債を抱える事態に陥った。再起をかけ、ファシリティマネジメントを導入した結果、目覚ましい成果を上げ、事業継続の一助とした。

 第14回日本ファシリティマネジメント大賞の受賞者講演から、起死回生の取り組みとなったFM活用事例をレポートとして紹介する。

 残念ながら、猪股氏の建築家からファシリティマネジャーへまでに至る歴史を詳しく語るページ数はないので、神奈川県住宅供給公社の理事長としての業績、FM的施策にスポットを当てて紹介しよう。

 神奈川県住宅供給公社は当初、神奈川県住宅公社として、戦後間もない1950年に設立された。この時代は、まさに住宅を供給する時代。FM的視点や発想などは皆無だった。国を挙げて、いかに住宅を供給するかに主眼が置かれていたのである。

 1951年には、第1号住宅として「大和町団地」を竣工。RC造地上4階建て、専用水洗トイレ完備など、当時としては画期的な共同住宅で「夢の団地」と呼ばれた。その後1970年代の高度経済成長期まで、日産自動車はじめ大手自動車産業などが県内に製造工場を建設。そのため従事員用の住まいとして、さらに、東京のベッドタウンとして、各所に団地が建設されていった。まさに右肩上がりの時代。

 しかし、1990年初頭に起きたバブル経済の崩壊により、日本経済は不況に見舞われ、産業は衰退し、地方へ、海外へと散った。団地は老朽化し空き家が目立ち、住民も高齢化した。

 厳しい状況に陥った神奈川県住宅供給公社は、生き残りと持続可能な社会を目指し、起死回生の一手として、実に明快なコンセプトを構築した。賃貸住宅事業では「生涯賃貸」を、そして高齢者住宅事業では「生涯自立」を事業コンセプトに据えた優れた施策を進めた。敷地内に所有する一般賃貸住宅は、114団地(1万3560戸)、介護付き有料老人ホームは、7施設(969室)である。

 明快なコンセプトのもとで、FMの視点では何をすべきかを問うと、それは自ら所有する施設のデータベース(DB)化に他ならない。大和町団地では、1万3560戸の部屋ごとのデータ(契約者・年齢・賃料・修繕履歴など)を一元管理し、入居管理・顧客情報・ニーズ把握・募集などの日常管理から、団地・棟の基礎情報・修繕履歴など大規模修繕計画や団地再生の戦略にまで活用している。

 全施設のDB化により、全ての施設状況が明確に把握でき、さまざまな施策や戦略を立案する際の基礎情報となる。蓄積されていくデータは、PDCA(Plan,Do,Chech,Act)サイクルを回すことで更新されている。棟別の建築情報などについても、将来はCAD化して、建物に関するあらゆる情報を一元的に集約して管理することも目指している。またDBは、バランス良くポートフォリオをマネジメントするのにも役立っている。ファシリティのDB化はFMの基本であるが、実践できているところは少ない。

 一般に、建築系の専門家がDB化すると、経営や現場に必要なデータをDB化することよりも、設計図などをCAD化することに注力してしまいがちで、そこに多くの時間と費用を費やしてしまうことが散見されるので、注意を要する。

住宅のFMデータベース化の概要
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