大和ハウス工業は2021年2月11日、BIMで構築された資産のライフサイクル全体にわたって情報管理を行うための国際規格「ISO 19650」のうち、設計段階を対象にした「ISO 19650-1」及び「ISO 19650-2」に基づく「BIM BSI Kitemark」ついて、英国規格協会の日本法人BSIグループジャパン(BSIジャパン)によって国内で初めて認証を受けた。
本稿では、創業100周年となる2055年に売上高10兆円の企業群達成を標榜し、そのための原動力として“全社BIM移行”を目指す、大和ハウス工業 建設デジタル推進部の複数担当者へのロングインタビューから、ISO認証取得に至るまで、国際基準でBIMの本質をどう捉え、それをどのような技術力で達成したのか舞台裏に迫った。
まず、全社BIM化の推進を統括する上席執行役員 建設デジタル推進担当 南川陽信氏に、同社が描く未来のビジョン“次世代の工業化建築”で、ISOの認証取得がもたらす意義について聞いた。
大和ハウス工業では、創業以来掲げてきた“建築の工業化”をBIMで達成し、既存の建築プロセスからの脱却を図り、新たな建築のデファクトスタンダードとなる“次世代の工業化建築”を構築することを目標に定めている。次世代の工業化建築とは、製造業の「DfMA(Design for Manufacturing & Assembly)」と「IC(Industrialized Construction)」を組み合わせ、大和ハウス式「DfMA+IC」として建設分野に置き換えた独自の概念。
――大和ハウス式「DfMA+IC」とBIMで構想するデジタル戦略
南川氏 次世代の工業化建築への挑戦は、建設プロセスの改善にとどまらず、業界が抱える技術者不足を解消する設計・施工の自動化や省力化、品質確保、さらに多様性への対応にもつながる全く新しい建設業界の先頭に立つ改革と位置付けている。その中で、3Dモデリングに限らず、情報基盤として多様な情報を一元的に共有できるBIMを核とすることで、設計〜製造〜施工〜維持管理の一気通貫BIMで将来は建設DXを実現させたい。
しかし、BIMに関してはこれまで国内では、具体的に中身を評価する指針が存在していなかった。今般、BIMに関するISOが発行されたことで、今日まで全力疾走してきた当社のBIMに対する姿勢が果たして、国際基準に合致しているのかを確かめるべく、2021年3月までに完全BIMへと移行する建築系の設計部門で認証取得に踏み切った。
ISO認証を受けたことで、海外のBIMにようやく追い付き、世界と肩を並べることとなり、日本のBIMリーディングカンパニーとして、グローバル企業とのコラボレーションや海外市場での競争といった次のステージへとステップアップする道筋が見えてきた。
今後の展開として、2023年4月に施工領域でのBIM100%を見込んでおり、そのためには設計と施工の連携がポイントとなる。その前提として現在は、Autodeskが供給するクラウド型コミュニケーションツール「BIM 360」を建設生産プロセスのプラットフォーム「共通データ環境(CDE:Common Data Environment)」に定め、2021年を“連携元年の年”とし、設計を先行して全社展開を進めている。Autodeskとは2018年8月からパートナーシップを締結し、全社BIMへ向けてファミリーのようにともに歩んできた。
――建設生産プロセス全てでグローバル基準を目指す
南川氏 また、大きな課題として認識している一つに、BIMの情報連携の観点からも重視されているセキュリティを含めたIT人財の育成がある。奈良県に建設中で、2021年10月に開業する当社の研修センター「みらい価値共創センター」では、国内の技術者が研修するだけではなく、併設するフルオートメーション化された当社の奈良工場と一体で、国内外のIT人財が集うオープンイノベーションの場として活用していくことを計画している。奈良工場は、FMまでのライフサイクル全体でのBIM活用が想定されており、まさに大和ハウス工業のBIMを体現した世界的にも先進的な生産施設。海外からの関心も高く、視察も受け入れ、グローバルなオープンイノベーションを目指していきたい。
今回、設計でのISO認証取得によって、大和ハウス工業の設計〜製造〜施工〜維持管理の一気通貫BIMの方向性がグローバルスタンダードの潮流とも合致していることが確認され、次世代の工業化建築を筆頭に、ジェネレーティブデザインやICT施工などの“デジタルコンストラクション”と融合し連携させていくことで、世界に先駆けた建設DXという1本の線でつながりつつある。
BSIジャパンの審査をクリアしてISO認証取得までの技術的な手法については、BIM推進の中心人物として社内改革を導いてきた技術統括本部 建設デジタル推進部 次長 伊藤久晴氏、同部部長 永浜一法氏、同部次長 宮内尊彰氏に解説してもらった。今回の申請対象となったプロジェクトは、国土交通省が公募したBIMモデル事業に応募すべく、グループ会社のフジタとともに、設計から維持管理までのプロセスを横断したBIMの一気通貫での活用に取り組んだバーチャル上の連携事業がベースになっているという。
――ISO認証取得までの経緯
伊藤氏 以前から英国のBIM規格に興味があり、BIMの成長指標でレベル2(BIMで情報マネジメントを行う)が日本でも必要だと思っていたところ、ISO 19650がBSIで策定され、日本でも認証が始まると知ったのが契機となった。既に着手していた連携事業の仮想プロジェクトで、ISO 19650-1の原則概要とISO 19650-2の設計と施工を結ぶ情報マネジメントに的を絞り、申請することとした。審査では、BSIジャパンの審査員と日本語でコミュニケーションがとれたことで、ISOの中身について詳細に質問を投げかけたり、事前審査で指導を受けたりしながら、本審査へと進んだ。
初めての試行でまだISOに慣れていなかったため、原文の一言一句を見逃さず、徹底してISOに従ったプロセスにすることを決め、若干の指摘事項はあったものの最終的には満足いくものとなった。
審査過程のなかで、当社でBIMによる協働作業を実施するための共通技術基盤・共通データ環境(CDE)として採用したAutodeskの「BIM 360」は、もともとISOにのっとった仕組みだと改めて理解できた。だからこそ今回、理想的な形で設計・施工などのプロセス横断に必須となるCDEの構築や運用ができたのだろう。「Revit」についても意匠・構造・設備がそろっており、それぞれがリンクした状態でワークシェアリング可能な点が、ISOに準拠する上で親和性が高く、また、今回の一連の取り組みで、Revitを単にモデリングとして使うことではなく、Revitで“プロセスを回す”ことこそがBIMの本質だと悟った。
顧客の要求事項に沿って設計・施工をするとき、日本の商習慣では曖昧なやりとりになっているのが現状で、なかなか仕様が決まらず、フロントローディングを妨げていた。だが、ISOに準じることで、情報の保管方法や承認フローといった情報マネジメントの体制が整うため、情報を蓄積していく上では欠かせないBIMによるプロセスが回せるようにもなる。
――ISO認証取得がもたらすもの
伊藤氏 ISO 19650は海外で既に400件の取得実績があるとのことだが、国際競争力を高められる国際規格を国内で取得できたことの価値は大きい。大和ハウス工業がAutodeskと一緒にやってきた取り組みがここで実を結び、国際的にも認められ、やっとスタートラインに立てたことに胸を張りたい。
宮内氏 当社では、BIMを基軸としたデジタルコンストラクションを進めてきたが、業界全体を見渡して王道となる指標は果たしてあるのか戸惑いがあった。しかしながら、BIMについてはISO認証を経て、当社の取り組みが、そのままの形で十分に要件を満たし正しかったことが証明され、いままで検討してきたことは間違っていなかったのだと安堵した。
最大の効率化を図るには標準化が肝で、これまでに一気通貫型のBIMプラットフォームを構築すべく、AutodeskとともにBIM標準を策定してきた。現時点で設備・施工の標準化に加え、Revitに連携するエコシステムの構築、確認申請などのBIM周辺ツールの開発などを進めてきたが、連携事業やISO認証の取得を通して、やっとプラットフォームの全体像が見えてきた。
――ISO認証取得後の次の展開
伊藤氏 今回の申請はバーチャル案件だったが、2年目の審査では実物件での取得が求められるので準備しなければならない。その次の施工のフェーズで受託組織とどう連携するか、さらに維持管理が該当する「ISO 19650-3」や別のアセットマネジメント規格「ISO 55000シリーズ」も選択肢として検討していければ。
永浜氏 今回の認証はあくまで建設デジタル推進部が取得したので、2年目の現場での取得に向けてどう動くかがこれからの課題。その際に、施主などさまざまなユーザーが今以上に増える実務の中で、情報を取り扱う際のセキュリティへの対応も含め、BIM 360をはじめとする多様なツール群を現場でどう使いこなしてもらうかが問われてくる。そのため、Autodeskとは今まで以上に関係性を深め、コンサルティング面などでの強力なバックアップをお願いしたい。
伊藤氏 情報マネジメントに対するセキュリティに関しては、「ISO 19650-5」に方針からプロセスの中でどのようにセキュリティを保護していくかが示されており、こちらでも国内初の取得を目標に設定したい。設備などの管理資産情報に関連するCOBieなど、ISO自体もまだ全てを網羅して規格が策定されているわけではなく、当社側でも学習しながら挑んでいくことになるだろう。
宮内氏 ISOの良い点は、1年で終わりではなく内容が更新されるので、継続していかなくてはならないところにあり、常に当社も順次アップデートしていくことで“レガシーシステム”に陥ることを防げる。建築系は2021年4月から設計でBIM 360をCDEとする全国展開を行い、実務で活用できるようにBIM 360用の社内教育カリキュラムも作成中だ。施工は、2022年度末に施工BIM移行が完了するので、実施物件に取り掛かっていく。
BIMに取り組んだ当時であれば、ISOが仮に存在してもハードルが高すぎて恐らく断念していただろうが、今ではBIMの取り組みを通して、設計におけるITリテラシーが格段に上がり、BIMに対するマインドチェンジが起きて実現することができた。来期以降の施工現場での実施に向け、ITリテラシーの向上、その先のBIMの実用性を広げていきたい。
永浜氏 BIMは、社内のためにデジタルデータを作るだけではなく、建てた後に顧客満足度への貢献など、情報に付加価値が追加されたアウトカムとして活用できる可能性を秘めている。さらなるBIM活用を模索していきたい。
今回のISO認証では、大和ハウス工業 技術統括本部 建設デジタル推進部 DC推進5グループの若手技術者3人がCDE構築やタスク管理など、認証申請に向けた作業の実践的な役割を担った。そこで、千葉大学の安藤正雄名誉教授、芝浦工業大学の志手一哉教授、千葉工業大学の寺井達夫准教授(当時)の下、アカデミックな場で海外のBIM標準を学んできた三上智大氏と小川拓真氏、学生時代に意匠設計でBIMモデルによるプレゼンを作成したことがきっかけでBIMに興味を持ったと語る五十嵐直輝氏、同グループ グループ長 堀永定己氏に登場いただき、ISO取得のノウハウや苦労話、次世代の技術者が考えるBIMの在り方などを伺った。
――ISO認証取得の実践で苦労した部分や新たな気付き
堀永氏 伊藤氏からISOに沿った情報共有のプラットフォームとしてBIM 360を使っていこうとの提案を受けて、2020年7月にはフジタとの連携事業がスタートしていた。このうち設計段階は、2020年10月頃には大和ハウス工業単独で完了していたため、ISO 19650-1,-2を対象に認証取得へと本格的に動き出した。
2019年に入社した三上氏と小川氏は、英国・米国でのBIM標準を学んでいたこともあり、伊藤氏の右腕となってもらい、2020年新卒の五十嵐氏にもBIMの本質を体感してもらいたいとの考えから、3人のチーム体制で臨んだ。約1カ月で準備を終え、事前審査を経て、2020年12月に4日間行われた本審査を迎えた。
三上氏 大学院では、BIMでライフサイクル全体を通じた情報活用を研究するなかで、ISO 19650の基になっている英国の情報マネジメントプロセスに関する規格「PAS 1192シリーズ」に触れており、今回の試みはそこで身に着けたことを実践する好機となった。
審査にあたっては、当社の情報マネジメントプロセスがいかにISOに準じた形で構築しているかを証明するための資料作りがメインだった。ISOのスタンダードは専門用語よりも一般的な言葉で記されており、基礎はあるが答えが無いため、当社なりの解釈を試行錯誤して付け加えながら、規格で必要とされる「顧客の要求情報要件(EIR:Employers Information Requirements)」と「BIM実行計画(BEP:BIM Execution Plan)」などをひな型から手探りで作成していくという困難な作業だった。
一見、実務者には「これまでの手作業からデジタルに落とし込むと大変そう」や「工程を前倒しすることは非現実的」と思われてしまうことがあるが、ライフサイクル全体を考えたときにフロントローディングの必要性を盛り込みつつ、簡易化も図りながら文書をまとめるのに苦労した。
――若手技術者が考えるこれからのBIMに対する抱負
小川氏 審査過程の中で悩んだ部分やノウハウを社内での共通認識とすれば、ISOを実施物件で具現化するための次段階へとつながるはず。BIM 360を実務で使ってもらうために、Autodeskの協力を得てBIM 360上にテスト環境を整備してもらい、オンラインでの体験型教育を2021年3月から開始している。ISOのルールに沿った形のトレーニングを受けてもらうことで、自然と各人の実業務でのISOの意識付けとなるのではと期待している。
五十嵐氏 BIM化と言うと、一部分をBIMにすれば完成してしまうと思っている人がまだ多いかもしれないが、ライフサイクル全体でBIMを軸に枝葉が広がっていくように各種業務が付随していく、建設生産プロセスを変えることが本当の意味でのBIM活用だとプロジェクトのなかで理解した。
そのためには、各工程の部分のみをBIM化するのではなく、一番効率化できるBIMを1本芯として建設生産プロセスの中で通す仕組みを作り、関わる全ての人がBIMに対する意識改革を喚起することが、これからのBIMの発展に不可欠だと考えている。
三上氏 ISO認証の申請で作成した文書類が誰のためにあるのかを考えると、建物を使う人のためにあると再認識した。今回は試せなかったが、プロセスの最初の段階から発注者を念頭に置き、維持管理でのBIM活用も考慮した情報が前倒しで作れる仕組みづくりにチャレンジしていきたい。
小川氏 日本初の取得はトピックスとして大きいが、国際規格を取得することがゴールではない。ISOにはプロセス改善に役立つヒントが数多くあり、どのように顧客の要求事項への対応やBIM実行計画書などの業務に反映させるのかを考えていかねばならない。
堀永氏 BIMを3Dから次元を上げていくには、Informationが鍵となるため、若手技術者には社内外で情報連携できる基盤の構築を目指して、建設業における情報の標準化を社内のみならず、広く普及する活動につなげてもらいたい。
BIM BSI Kitemark認証の取得は、国内のBIMリーディングカンパニーとしての大和ハウス工業がRevitやBIM 360を駆使し、類まれな技術力と実行力で全社BIM移行にこれまで取り組んできたことが、目に見える形として結実したことに他ならない。そして、今回のプロジェクトに関わったメンバーから多く聞こえたBIMそのものの本質が、情報を有効活用することでもたらされる全体最適を意識した“業務プロセス変革”にあることも再確認することができた。
今回、国際規格に適合したことで、日本のBIM標準がワールドワイドで通用することが実証され、日本の標準からグローバルスタンダードとなった大和ハウス工業を好例にして、ゆくゆくは日本の建設業のBIMが世界でも飛躍することに期待を込めたい。
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アイティメディア営業企画/制作:BUILT 編集部/掲載内容有効期限:2021年5月21日