隈研吾が魅了された「北海道東川町」、建築設計事務所がサテライトオフィスを開設する理由コロナ禍で設計の最前線はどう変わったか

新型コロナ感染症の拡大から1年半が過ぎ、急速に普及したリモートワークや非対面での働き方が日常の風景に溶け込んできている。現場を第一とする建築の現場でも、Web会議ツールをはじめ、クラウドでのデータ共有や工事現場と遠隔地をつなぐネットワークなど、著しく進化するテクノロジーを取り入れることで業務効率化とともに柔軟な働き方が可能になりつつある。ワークスタイルが多様化することでもたらされるのは、固定された職場からの解放だろう。建築家・隈研吾氏は、ニューノーマル時代の要請に適合する“新たなオフィスの在り方”を提唱しており、その具現化の一例として、国内有数の家具産地として知られる北海道上川郡東川町に、自身が主宰する設計事務所の新拠点を開設する構想を抱いている。

» 2021年08月02日 10時00分 公開
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 北海道の中央部に位置し、町域の東側に大雪山連峰が連なり、流れ込む雪解け水で、道内でも珍しく上下水道を布設していない、水源豊かな東川町――。昔から、自然に恵まれた壮麗な景観が写真家たちの絶好の被写体となり、1980年代には町自身も「写真の町」を宣言するなど、今では写真文化の国際的な中心地として、世界中の写真愛好家が訪れる。

 町の人口も1990年代半ばまでは右肩下がりだったが、移住者を積極的に受け入れはじめたことで増加に転じ、現在では町民約8000人のうち半数以上を他地域から移り住んできた住人が占める。さらにコロナ禍で、業種の垣根を超えて多くの企業がリモートワークへシフトしたことも追い風となり、“脱都会”からの移住先やセカンドハウスの候補地として人気が高まっている。

東川町の北側に位置するキトウシ山からの鏡面水田の眺め 提供:東川町

 世界中でその地域に根差した素材を用い、独創的な建築物を世に発表し続けている建築家・隈研吾氏も、東川町に魅了された一人。東川町は家具の町としての顔も持ち、国内で五大家具産地の一つに数えられる「旭川家具」のおよそ3割がここで生産されている。2021年には、町が家具・クラフトの振興を目的に「4月14日」を『椅子の日』と制定し、隈氏とコラボレーション。これまでに、板を重ね合わせる積層合板と、国立競技場のファサードにも採用した羽板を平行に組んだ“ルーバー”をモチーフに、隈氏がデザインし、曲木の技術を用いて町内の木工事業所で制作するオリジナル椅子の開発や木の椅子をテーマに作品を募る「『隈研吾&東川町』KAGUデザインコンペ」も開催した。

積層合板とルーバーをモチーフに隈研吾氏がデザインし、町内木工事業所が制作した椅子 提供:隈研吾建築都市設計事務所

都心集中から地方分散へ、象徴となる東川町のサテライトオフィス

 現在、隈氏が町内で手掛けているプロジェクトでは、隈研吾建築都市設計事務所のサテライトオフィスとして利用を想定しているワーケーションスタイルのシェアオフィスを2022年4月に開設する。新オフィスは、隈氏がコロナ禍でたびたび口にする「都市への集中から、これからは地方へ分散の時代」を象徴する建築物で、単に転出や働く場所を移すだけでなく、地方に眠っている自然や技術を再発見する試みでもある。

 新型コロナウイルスの影響が長期化するに従い、国内の企業でも働く形態や働く場所が時間や場所に縛られなくなったことで、在宅勤務や都心から郊外へのオフィス移転、サテライト拠点の設置などを少なからぬ企業が実行している。一極集中から分散型の遠隔での業務が可能になったのは、ITツールが下支えしているからであり、隈氏の設計現場でも、日本HPのテクノロジーがリモート化に重要な役割を果たしているという。

 東川町のプロジェクトを統括する田口誉氏と、松長知宏氏の両設計室長に、サテライトオフィス新設の理由や今後の構想、設計業務でのリモート化を実現するテクノロジーについて話を聞いた。





家具を建物の構造としたシェアオフィス「家具の家」

田口 誉 / Takashi Taguchi 1984年生まれ。東京都出身。芝浦工業大学大学院 建築学科 修了後、2010年隈研吾建築都市設計事務所に入社。2018年より同社 設計室長として活動し、アオーレ長岡(2012)、日本橋三越本店リニューアルプロジェクト(2019)、ハモニカ横丁店舗デザイン(2015〜2020)を担当。

 東川町が魅力的に映るのは、「旭川空港から車で約10分のアクセスの良さをはじめ、蛇口をひねると天然水が流れる自然に囲まれた環境、木工が盛んな町の伝統技術といったことが挙げられます。しかし、他の地方都市との一番の違いは、歩き回れる行動範囲で町の機能が集約されている東川スタイルとも言うべき、国際的にも開かれた“コンパクトシティー”の街づくりが好意的に受け止められているからではないでしょうか」と田口氏は指摘する。

 町のブランディングも、地域創生にありがちな人をむやみに増やせば良しとする方針ではなく、土地も町が所有し、金額に応じて民間に売却するのでなく、精細な都市計画に沿って適切に管理している。実際に、10年前には何もなかった町内のメインストリート沿いには、移住者が古家をリノベーションして出店し、フランチャイズチェーンが溢(あふ)れる都会には無い、ここにしかない物品や食事を提供する商店街が形成されつつある。

 隈研吾建築都市設計事務所との関わりは、新型コロナが国内で感染爆発する少し前、事務所内で柔軟な働き方への要望が増え、地方でのサテライトオフィスも検討し始めたタイミングで、その頃に依頼が増えていた地方創生案件の1つとして、東川町での共同プロジェクトを立ち上げようと持ち掛けられたのがきっかけとなった。第1弾のプロジェクトでは、町が写真文化首都の核と位置付ける文化交流施設「せんとぴゅあ」に面する空き地に、国産材を使用した「家具の家」と称するオフィス棟4棟の建設を計画している。

東川町のマップ。文化交流施設「せんとぴゅあ」の隣接地に「家具の家」は計画されている 提供:隈研吾建築都市設計事務所

 家具の家は2階建てで、他企業も入居する1棟15人ほどのシェアオフィスとして、4棟とも同一のプランで提案。2022年春の竣工を目標に、2021年8月中に着工すべく、現在は最終的な設計案をとりまとめている。

 室内は、自然を感じられるように吹き抜けと大きな開口部を設け、家具の町をイメージしてユニット化したデスクを、水平力を保持する筋交いの代替としている。建物の構造に家具を組み込んでいるため、建物を構成する各部分が個人それぞれが自由なワークスペースとして使えるように設計。室内中央の階段とし、周囲にはミーティングスペースやリビング、キッチンなどを配して、自由に動き回れるようにしている。

 「家具の家は、案件に左右されずに常駐する事務所初のサテライトオフィスとなります。隈は、設計事務所の理想的な人数を5の倍数としているので、東川町オフィスでも5人のスタッフを想定して、完成後には社内で希望者を募る予定です。海外のプロジェクトに携わっている設計者は、そもそも東京にこだわる必要がなく、隈との打ち合わせもリモート環境が整ったことで、ここでもストレスフリーで業務を行えるようになりました」(田口氏)。

家具を耐震壁としてユニット化した「家具の家」のイメージパース 提供:隈研吾建築都市設計事務所

リモートでの設計業務を可能にした事務所内でのインフラ整備

松長 知宏 / Tomohiro Matsunaga 1981年富山県生まれ。慶應義塾大学大学院 理工学研究科 修了。2012年隈研吾建築都市設計事務所に入社。主に3D技術を活用したヴィジュアライゼーションおよびモデリングのサポートを行い、現在はCGチームの設計室長。一級建築士。

 社内インフラについて松長氏は、「かつては出社率100%が当たり前でしたが、コロナ禍に直面したことで、日本HP製のラップトップPCやCG制作に耐える高性能モバイルワークステーション、さらにクラウド、コミュニケーションツール、セキュリティといった周辺の作業環境を整備しました。現状では、およそ50%まで出社率が減った印象です」と説明する。個人のライフスタイルとワークスタイルが両立されるようになったことで、東京事務所の5フロアのうち、1フロアにはフリーアドレスも導入し、50人ほどのスタッフが場所に縛られない働き方を実践している。

 今夏の着工後には、先発隊で東川町に移住することになる田口氏は、「建築家にとって重要なことは本来、現場にあるはずで、これまでのように事務所にいることは不健康な状態にあったと言えます。ここ数年は、アトリエ系の設計事務所でありながら、案件が国内外で急増したことで、隈の代わりになるマネジャーが各地の現場を飛び回るケースが頻発したことも、ワークスタイルの変革を後押ししました。その一環でもある東川町のサテライトオフィスでも、Wi-Fiにさえつながれば、本社のハードをラップトップPCのビュワーで動かして3Dの設計も行えます。そうなると、残るフィジカルの作業は、紙やモックアップ制作だけです」と語り、実際に緊急事態宣言下での出社も大半はプリント目的が主だったという。

紙のプリントは建築家にとって不可欠、HPテクノロジーで広がる可能性

 以前から東京事務所では、日本HPのプリント・コピー・スキャンが一体となった大判プリンタ「HP DesignJet XL 3600 MFPプリンタ」がフル稼働している。HP DesignJet XL 3600 MFPプリンタは、A0サイズを出力する機種としてはコンパクトで、限られたオフィススペースでも場所をとることが無いため、出入り口近くに設置し、Wi-Fiを介した遠隔での図面プリントなどで日々活用されている。

東京事務所で稼働する「HP DesignJet XL 3600 MFPプリンタ」

 「モニターでは画角に限界があるため、図面を一望したいときなど、どうしても図面を印刷してチェックすることは欠かせません。例え図面をデータ化しても、設計者は紙ベースでチェックする感覚が身に染み付いています。タブレット上でも確認することはできますが、腰を据えて図面を検討したり、皆で打ち合わせるときには、紙の大判図面のほうがコミュニケーションもWebよりもスムーズだし、アイデアも生まれやすい」(田口氏)。

 東川町では、A1サイズが最低出せるコンパクト機1台とコピー・スキャナー機能も有する複合機タイプを導入する予定だという。既に候補には、家具の家にマッチするHP初となるデザイン性にフォーカスしたA1またはA0対応の大判プリンタ「HP DesignJet Studio」シリーズが入っている。

 HP DesignJet Studioは、プリンタ天板をフラットな木目調のテクスチャとし、図面やラップトップPCなどを直置きすることが可能なコンパクトモデル。建築事務所やデザインスタジオなど、美しい空間を創り出す現場に家具のような存在感で溶け込む意匠性の高さから、2020年度グッドデザイン賞を受賞している。

天板が木目調でフラットの「HP DesignJet Studio」シリーズ

 家具の家はシェアオフィスのため、1台のプリンタを共有することが前提となる。その場合、HPのプリンタは、印刷後にジョブが残らなかったり、PC並みの強固なセキュリティを備え、機密性の高い図面を扱うのに適している。また、無償提供されているWebとモバイルアプリの「HP Print OS」では、プリンタの稼働状況を確認して、どのテナント企業がどれだけ紙やインクを使用しているかを把握し、効率的な運用に生かせる。

 田口氏は、HP DesignJet Studioに対して、「佇(たたず)まいが木造建築に合致し、足を取り外せて横幅が1000ミリで、ユニットの棚にも入るため、オフィスの標準装備=デフォルトの設(しつら)えとしても考えられます。別の側面では、東川町は写真の町としても知られ、東川町フォトフェスタや高校の写真部を対象にした“写真甲子園”を毎年開催しています。仮に大判で印刷できるプリンタが町に1台あれば、作品のパネル展示など、地域活性化につながる活用方法もあり得るかもしれません」と高く評価する。

 松長氏は、「データを受け取って大判で印刷して確認したり、図面に赤字を入れて東京本社に送り返したりする以外にも、サテライトオフィスでも絶対に模型を作るので、A1以上のプリントは必須になります。精密にレンダリングした3DCGよりも、紙で作った模型のほうが圧倒的に情報量が多い」と紙の優位性を強調する。さらに、シェアオフィスという利点を生かし、プリンタだけでなく「HP Jet Fusion 3Dプリンタ」などHPのテクノロジーを集めて、誰もが工作機械を自由に使える「ファブラボ」として、国際的なクリエイターが交流する場にもなり得る可能性に期待を寄せた。

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提供:株式会社日本HP
アイティメディア営業企画/制作:BUILT 編集部/掲載内容有効期限:2021年8月25日