建築や土木の設計コストを削減するためにCADソフトの乗り換えを検討することもあるだろう。しかし、価格だけで判断すると思わぬ落とし穴にはまってしまうかもしれない。CADインストラクターの芳賀百合氏に、CADソフト選定時に押さえておくべきポイントを聞いた。
建築・土木分野で世界的に高いシェアを誇るCADソフト「AutoCAD」。その優れた機能性と信頼性から、日本でも多くの設計者に支持されている。市場をリードする製品であるが故に競合する製品も多い。「互換CAD」と呼ばれるCADソフトは、AutoCADとのデータ互換性と価格優位性を強調しており、コストカットを理由にAutoCADからの切り替えを検討する企業もある。
こうした状況に対し、土木設計事務所でCADオペレーターの経験があり、現在はCADインストラクターとして活躍する芳賀百合氏は「製品価格だけで導入を判断するのは早計だ」と警鐘を鳴らす。
では、何を基準にCADソフトを判断したらいいのだろうか? 芳賀氏は製品価格以外に、「使いやすいか、分かりやすいか、同じように使えるかを比べることが大切だ」と答えた。CADソフトを変えることで、操作性や利便性、作業時間、ファイル互換性などが変わるからだ。
芳賀氏は、検証時は2つの評価軸を持つことが重要だと説く。一つは「ユーザー目線」。ソフトウェアを使用する設計者やCADオペレーターの目線で細かく比較することで、日常的な使用感や操作性の違いなど、製品価格には表れない部分を適切に評価できる。
もう一つは「長期的なコスト」。ソフトウェアの乗り換えでは、業務フローの変更による心理的コストに加えて作業工数増加コスト、情報収集コスト、ドキュメント整備コストなど、機能比較表からは判断できない“見えないコスト”が多数発生する。芳賀氏は「見えないコストを見逃すと予想外の出費や設計業務の非効率を招き、最終的には全体のコスト増になってしまう恐れがある」と注意を促す。
ここからは、芳賀氏が重視する操作性、理解性、互換性の観点と2つの軸に基づき、AutoCADと互換CADの検証結果を紹介する。使用した互換CADは「IJCAD」「BricsCAD」「ARES」の体験版。
操作性=使いやすいかを芳賀氏はハッチング機能で確認した。ハッチングとは、パターン化された線を使って材質や断面、陰影などを表現する機能だ。AutoCADと3種の互換CADは全て実装しているが、芳賀氏は「作成画面は似ているが、ユーザー目線の使い勝手では大きな差がある」と指摘する。
ハッチングの編集時、AutoCADではリボンに編集オプションが表示されるが、互換CADではダイアログボックスが画面中央に表示されるため、作成中の図面と重なる。そのためハッチングした箇所が見えにくく、ダイアログボックスをいちいち移動しなければならなかった。一部の互換CADはハッチングパターンを変更しても瞬時にプレビューの内容が切り替わらない、数値を入力して編集する際に、入力欄に表示されている変更前の数値が一括で選択されないためバックスペースで消すなどの手間が生じるといった違いが見られた。
同じ機能とうたっていても、ユーザーインタフェース(UI)の細かい部分はAutoCADと互換CADで全く違う。ソフトウェアを変更すると今まで当たり前にできたことができなくなるため、CADオペレーターの心理的負担は大きい。場合によっては業務フローの変更も必要になる。
芳賀氏はハッチング作図を例に、ささいな無駄の積み重ねがどの程度の時間ロスにつながるかを数値化した。「厳密な計測ではなく自身の感覚に基づく数値」と断りつつ、互換CADを使用するとAutoCADと同等の成果物を得るのに1.09〜1.18倍の時間を要したという。「一見大した違いはないと思うかもしれないが、100時間の作業だとプラス18時間の118時間に延長してしまう。価格削減のために互換CADに切り替えたにもかかわらず、作業量が増加して無視できない人的コストが新たに発生してしまう可能性がある」(芳賀氏)。
理解性=分かりやすいかは、外部参照のフェード機能を使った作業で検証した。外部参照は、1つのシートに他の図面や画像などのデータをひも付けて表示する機能で、検証では参照した図面の濃淡を調整する工程がどのくらい分かりやすいかを比べた。
芳賀氏は、「AutoCADは外部参照関連の機能が1カ所にまとまっていて容易に見つけられたが、互換CADではそうした構造になっておらず機能を探すのに手間が掛かった」と振り返る。ヘルプ機能を使ってもフェード機能にたどり着けないソフトウェアもあった。
芳賀氏は、ネット検索で情報を探すのもうまくいかなかったと語る。その理由として、「互換CADのユーザーはまだ少なく、AutoCADのようにインターネットに知が集積されていないため、フェード機能に限らず必要な情報を見つけるのが困難な場合が多いのでは」と推察した。
検証結果を受けて芳賀氏は、ソフトウェア乗り換え時には「分かりにくさに起因する情報収集や新しい操作方法を共有するためのドキュメント整備など、追加コストが発生することも念頭に置く必要がある」とした。
互換性=同じように使えるかは、DWG形式のファイルを用いて確かめた。AutoCADと互換CADで作成したDWG形式の図面をExcelファイルに貼り付け、仕上がりをチェックした。これは報告書の作成などで日常的に行われる作業だ。芳賀氏によると、同じDWG形式の図面を貼り付けても仕上がりに違いが見られたという。
AutoCADの「ペーパー空間」や「図面比較」に相当する機能を互換CADで検証した結果、枠からのはみ出しやフォントサイズの不一致など、正確に表示されないケースもあった。
CADを変えることで見栄えの違いを修正したりデータを検証したりするために作業量が増加し、修正操作のための情報収集や検証、情報のドキュメント化にも時間がかかることが明らかになり、作業工数の増加も考慮すべきと芳賀氏は指摘した。
理解性と互換性の検証で作業時間に換算したところ、AutoCADの作図時間を1とした場合、互換CADは情報収集や検証で11.7〜36.6倍、ドキュメント整備では5〜15.8倍も余分にかかる結果となった。
芳賀氏が検証した以外にも、乗り換え時の判断材料として検討すべき“見えないコスト”は存在する。
例えばソフトウェアのバージョンだ。2024年6月末時点でAutoCADの最新バージョンは2025だが、対応する互換CADはまだ発売されていない。AutoCAD 2025に実装されたAutodesk AIによる“数量拾い”や地面や石のディティールをなぞるだけで追加できるハッチング機能などが利用できないのも見えないコストだ。
CADデータの利活用でも、潜在的なコスト損失が想定される。2023年度に小規模を除く全ての公共事業でのBIM/CIM原則適用がスタートし、CADとBIMとのデータ連携の重要性が増している。AutoCADならば、同じAutodeskのBIMソフト「Revit」や土木インフラの3Dソフト「Civil 3D」とのデータ移行はスムーズだ。互換CADでも読み込みは可能だがデータ欠損リスクがゼロでないため読み込み後のデータの検証が必要となり、不具合が見つかればデータ修正の手戻りも発生する。こうした将来の活用を見越したコストにも気を配る必要があるだろう。
最後に、今回比較検証した操作性、理解性、互換性に起因する見えないコストのうち、特に重要なものは何かを尋ねた。芳賀氏は「従来のソフトでできていたことができなくなるのは、設計者に多大なストレスを与える。今回、見えないコストをあえて数値化したのは、現場にこれだけ多くのコストが発生すると伝えたかったから。もちろん、新しいソフトウェアでも操作に慣れさえすれば自然と作業負担は低下するだろう。だが、UIによるストレスは継続的なコストとなるため無視できない。作業者が前向きに作業できなくなる損失は計り知れない」と教えてくれた。
今回、製品をレビューした芳賀氏は2024年8月6日13時半から、大塚商会主催のオンラインイベントで「【CAD選びのコツ】使いやすさとコストのバランスが鍵!」と題して詳細な比較デモなどを交えて講演する。
CADソフト選びのポイントを詳しく知りたい建築・土木の設計者やCADオペレーター、選定する立場にある建設会社の経営層は、ぜひイベントを視聴して参考にしてもらいたい。申し込み締め切りは2024年8月2日13時まで。
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アイティメディア営業企画/制作:BUILT 編集部/掲載内容有効期限:2024年9月15日