気候変動や災害対応、建築物の省エネ化といった潮流を受け、ここのところ建築設計でCFD(数値流体解析)技術を活用した高度な建築シミュレーションの需要が高まっている。“風”を例にとっても、さまざまな角度からシミュレーションして検証する必要項目は多く、その精度も求められる。これまで一般的な風洞実験も、検証しなければならない項目が増えれば、当然ながら工数や作業時間も増加する。CFD技術の建築シミュレーションへの適用が注目を集める理由には、こうした背景がある。
建築物の耐風設計でのCFDは、CADの設計データをベースに風洞実験と同じような検証をデジタル空間で可能にする手法だ。縮小模型の製作が不要で、外部研究機関の実験施設を予約する必要もない。また、計画の変更や周辺環境の変化を考慮した複数回の実験にも容易に対応できる。さらに、風洞実験に比べて短時間で結果が得られ、コストも抑えられる利点もある。
アルテアエンジニアリング(以下、アルテア)は、外部空気流れ専用のCFDソリューションとして「Altair ultraFluidX(アルテア ウルトラフルード エックス)」をラインアップ。竹中工務店 技術研究所 環境・社会研究部 都市気候グループ長 田中英之氏に、ultraFluidXをなぜ採用したのか、その経緯とultraFluidXの活用例を聞いた。
竹中工務店では、模型による風洞実験とともに、20年ほど前からコンピュータを利用したCFDの研究をスタートさせ、現在に至るまで耐風設計の高度化に取り組んできた。直近の2021年には、従来手法の課題を解消できるultraFluidXを導入し、実物件を対象にした耐風試験に適用すべく検証を重ねている。
ultraFluidXは、数値流体解析手法に“格子ボルツマン法”を採り入れた流体現象の数値シミュレーションツールで、他の方式を使うソフトウェアに比べて、圧倒的な処理スピードと、風洞実験と変わらぬ高精度な結果が得られる。
さらにシミュレーションの準備段階でも、データの前処理が軽減できるという優位性がある。これまで、商用のCFDソフトウェアでは、ナビエ-ストークス方程式と非構造格子システムを採用したものがほとんど。しかし、従来のソフトウェアではCADのデータを読み込む際に、前処理となるデータのクリーンナップが必要だった。
この場合の“クリーンナップ”とは、CADで表現されている建物表面のギャップや穴などを埋め、干渉している部分や隣り合う壁同士の接合などを修正または調整する作業を指す。こうした手間を加えないと、建物の形状を再現できず、解析が実行できない。ただ、この作業には多くの工数が掛かり、相応の計算リソースも不可欠で、これが設計者の負担や設計期間の長期化、コストの高額化を招いていた。
その点、格子ボルツマン法を用いたultraFluidXは、建物表面などの形状修正作業が不要であることから、CFDの準備にかかる作業を大幅に軽減できる。竹中工務店 技術研究所で都市空間における風工学の研究に携わる田中英之氏は、「建築分野のCFDでは、処理スピードの他にもultraFluidXのように手軽に使えることが重要だ」と話す。
設計時には、前処理なしで高速解析するスピード感がより自由な発想を生み出す。田中氏は「設計の時間短縮ができれば、時間的な余裕が生まれ、よりクオリティーの高い設計案や複数のアイデアを創出できるようになるのではないか」と期待を寄せている。
高速処理が特長のultraFluidXだが、CFDソフトウェアである以上、通常であればハイスペックの計算環境を用意しなければならない。
アルテアではクラウド上で各種製品を使える「AUL-VA(Altair Unlimited Virtual Appliance:オールバ)」を提供している。AUL-VAには、GPU環境(A100)が用意されており、1ノードに搭載された8GPUによる並列処理で超高速に解析処理する。また、複数ノードの使用も可能で、圧倒的なスピードで結果を得られることも魅力だ。AUL-VAは、ユーザーが必要計算量に応じて料金を支払う形態のため投資しやすい。
竹中工務店では、必要とあればスーパーコンピュータ「富岳」など、用途に応じた計算資源を調達できるが、ultraFluidXの導入当初からAUL-VAを利用しているという。その理由の1つには、「複数の業務に使用されている社内のスーパーコンピュータを占有してultraFluidXを運用しようとすると、他の設計業務に支障が生じる懸念があった。この点、クラウドのAUL-VAならば、社内の計算資源を一切使わずに済む」(田中氏)。
CFDや構造解析といった建築の数値シミュレーションは、設計業務のなかで頻繁に活用されている。そのため、解析用の計算環境は非常に重要になってくる。最近では、解析用に強力な計算環境を社内に構築するオンプレミスだけでなく、AUL-VAのようなクラウドの活用も進んでいる。オンプレミスでは、より高いセキュリティを含めた独自の社内システムの構築が容易である反面、導入コストやメンテナンスが必要になる。一方、クラウド環境であるAUL-VAは、すぐに利用開始でき、メンテナンスも不要だ。
これまで竹中工務店での風洞模型の実験では、模型製作に2カ月ほど要していた。加えて、外注のために多額の製作費用も掛かっていたので、大規模な高層建築物など特定の物件のみで実験が行われてきた。しかし、AUL-VA(A100)でultraFluidXを用いて解析した場合、40風向の実験を2週間で完了できた。こうした実績を積み重ねていく中で、限定的なCFD利用の状況は変わりつつある。
田中氏は、「リアルな風洞実験前に、詳細に解析すべきポイントをあらかじめ検出しておけるだけでなく、以前は高額な費用を掛けてまで風洞実験を行うほどではなかった中小規模のビルや建物形状がまだ固まっていない設計の初期段階でも、風の影響を考慮したより安全な設計案を提案できるようになる」と今後の可能性を語る。
耐風設計以外にも、CFDによる気象シミュレーションは、太陽光パネルの発電効率の予測など、ここ数年で需要の高まる建築物の省エネ化などにも役立つ。特にultraFluidXは、風の騒音(風切り音)の再現性にも優れているため、周辺に与える風切り音の影響を検証するのにも有効だという。
田中氏は、国土交通省が公開する「PLATEAU」の3D都市モデルと合わせて使えば、「都市空間のデジタルツインが可能になり、さまざまなシミュレーションの活用領域が広がるはず」と口にする。
今後、ultraFluidXのCFDによって、高機能かつ優れた意匠性を併せ持つどのような建築物が世に生み出されていくのか注目していきたい。
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提供:アルテアエンジニアリング株式会社
アイティメディア営業企画/制作:BUILT 編集部/掲載内容有効期限:2023年3月5日