設備業界のトップランナー高砂熱学工業は、業務プロセスの変革を実現するべく策定したDX戦略の一環として、オートデスクとMOU(戦略的提携の覚書)を締結した。Revitを国内外含めた各拠点に導入し、建物設備に関わる全データを一元管理して可視化することで、建物のライフサイクル全般を最適化する体制を構築するほか、持続可能な社会の実現に向けて、BIMを利活用した生産性向上・脱炭素化も推進していく。なぜオートデスクがパートナーに、Revitが設備BIMの基盤に選ばれたのか。BIMで注力する3つの柱を紹介しつつ、Revitで実現する設備業務のプロセス変革について迫った。
労働人口の減少が年々深刻化している建設業界。主要因として挙げられるのが、3K(きつい・汚い・危険)と揶揄(やゆ)されがちな職場環境と、働き方改革に逆行する長時間労働だ。2024年3月には時間外労働の上限規制適用に向けた猶予期間が満了を迎えることもあり、労働環境の改善は早急に解決すべき業界全体の課題となっている。
高砂熱学工業 取締役 CDXO 横手敏一氏は、「これらの課題を解決するのがDXであり、そのコアがBIM。建築物を3D空間で構築し、企画・設計、施工、維持管理に至る建物のライフサイクルに関するあらゆる情報を集約できるBIMを有効活用できれば、無駄なコストを減らせるだけでなく、業務効率の大幅な改善にもつながる。加えて、持続可能な建築設計が前倒しでできるため、世界的にSDGsの潮流を受けて需要が高まっている省エネ・脱炭素の施設運用にも役立つ」と語る。
しかし、日々の業務に追われ資金にも限りがあるため、デジタル変革で既存の業務フローそのものを即変えるのは容易ではない。大手を除き、BIMはまだ建設業界に浸透していないのが実態。そうしたなか、高砂熱学工業は、設備業界に先駆け、社会的環境・要求の変化を鑑み独自のDX戦略を策定した。DX戦略に基づき、設備BIMからのアプローチで、建物のライフサイクル全般にわたる業務を最適化し、その先には建物に新たな付加価値を創造できる体制を整えつつある。
2022年2月17日には、国内の設備企業では初となるオートデスクとの戦略的提携に関する覚書(MOU)を締結したと発表。横手氏は「まだ立ち遅れている設備業界のBIM普及は、これからの最重要テーマ。当社がその草分けになれるように、知見を高めていきたい」と意義を説く。一方、オートデスク 代表取締役社長 織田浩義氏は、「国内設備業界のBIM標準化を整備していきたいという横手氏の考えに共感した」とMOU締結の背景を語る。
1923年の創業から数え、間もなく創立100周年の節目を迎える高砂熱学工業――。次の100年を俯瞰し、働き方改革やカーボンニュートラルへの対応、企業価値の向上といった時代の要請に応えるため、「BIMをDX戦略の重要施策」と定めた。業界内で先駆的な試みを実現するべく力を貸してくれるパートナーを探していたところ、オートデスクの多彩なノウハウと、Revitの使い勝手の良さや拡張性の高さ、設備業界を一緒に変えていきたいという熱い思いに着目し、提携に向けて白羽の矢を立てたという。
いずれは同業他社との連携も視野に入れ、「業界全体の業務プロセス改善につながる取り組みにしたい」と将来像を口にする横手氏。そのためにも、設備領域でのBIM活用の道筋を作っていきたいと力を込める。
既存の業務プロセスから脱し、DX実現を模索している高砂熱学工業。その設備BIMの基盤に、なぜRevitが選ばれたのか。その理由は設備部材ごとにオリジナルIDを自動生成し、属性情報の唯一性を担保して、プロジェクトを跨(また)いで共通で使える「共有パラメータ(説明動画)」と他アプリを連携できる「Revit API(説明動画)」にある。横手氏も「BIMの導入にあたって数々のソフトウェアを検証したが、拡張性に関してRevitは群を抜いており、これしかないと決め手となった」と強調する。設備BIMソフトとしてはRebroを利用している設備企業もあるが、高砂熱学工業では「あくまで物件対応であり、高砂熱学工業のBIMはRevitと考えている」とのこと。
また、「API」が充実していることも、他のBIMソフトにはない特徴といえる。Revit APIにより、アドインで自由に機能を追加でき、ユーザーや設備メーカーがRevitの操作環境をカスタマイズすることが可能だ。例えば、従来、空調機の選定や騒音値の計算といったようにメーカーに検討を依頼する必要があった業務でも、空調や電気メーカーなどの社内アプリケーションの一部がRevitのアドインという形で続々と無償リリースされており、ユーザー自ら簡易に検討を行える。その上、オートデスクはビジュアルプログラミングツール「Dynamo」を提供しており、プログラミング経験のない人でも、アドインを構築できる。これにより、大工が特殊な道具を自作するかのように、ユーザー自身で業務を効率化させるためのアドインを作成することも容易だ。
オートデスク 技術営業本部 建築業界担当エンジニアリーダー 羽山拓也氏は、「オートデスクでは開発支援するパートナーやコミュニティーの充実に注力。オートデスクApp Storeでは当社が提供する日本向けのアドインも含め、業務を自動化する多種多様なアドインを公開している」と話す。
さらに、「Web APIのForgeを使い開発することで、クラウドを介して、ライフサイクル全体に関わる多様なステークホルダー全体との情報共有も実現し、高砂熱学工業のBIMによる業務プロセス改革を支援できる」と補足する。
では、BIM=Revitの導入でどんな恩恵が受けられるのか。高砂熱学工業ではBIM本格活用にあたり、「DXの重要施策としてBIMを位置付ける」「持続可能な社会の実現を推進する」「グローバル戦略を意識した国際事業の強化・推進」の3テーマを掲げる。
まず「DXの重要施策としてBIMを位置付ける」とは、前述したように高砂熱学工業のDXの本質は、“BIMによるプロセス変革”に他ならない。建物の企画・設計から施工、維持管理まで、建物のライフサイクル全体のデータを一元管理するプラットフォームとしてBIMモデルを活用することで、企業の生産性は格段に向上する。設計図面の量産化や高速化、豊富な情報を利用した設備業務の自動化、設備メーカーとの迅速な連携も可能となる。建築物を構成しているあらゆる属性情報を細部にわたるまでクラウドで一元管理することで、これまで人の手かつ紙ベースで行い、属人化していたワークフローの効率化が図れる。
また、Revitの優位性であるデジタルツインへの拡張性を生かせば、さらなる付加価値の創出も見込める。例えば、VR/MRを活用した関係者間での完成イメージの共有。ほかにも建物や太陽光発電施設などのデータとBIMモデルなどを連携させ、CO2排出量などの環境性能を見える化したり、ランニングコストを積算したりといったライフサイクルマネジメントも可能になる。高砂熱学工業では将来はRevitの拡張で、自動モデリングツールや提案時のシミュレーションツールなどの開発も視野に入れている。
2つ目は「持続可能な社会の実現を推進する」。高砂熱学工業は“環境クリエイター”として、空調を核とするワンストップサービスと環境事業での新たな挑戦を通じ、最適な空間創造を目指しているが、BIMを利用することでさらに加速させる。
業務プロセスの変革でいえば、オートデスクのクラウド技術BIM 360やForgeを取り入れ、1カ所に集めた情報で業務を可視化し、データの一元管理で自動化を進め、データドリブン経営へとつなげる。特に重要視しているのが、フロントローディングの徹底。情報の見える化により、施工時の問題点を事前に浮き彫りにさせ、一層の品質向上に努めるというものだ。
また、同社では全国のエリアごとに同社独自のオフサイト生産プラットフォーム「T-Base」の運用を開始しており、現場での一品生産体制から、セントラル生産システムを活用した施工のオフサイト化やユニット化による効率化へとシフトチェンジを図っている。そのため、BIMによる「施工計画のフロントローディング」と「施工のオフサイト化」がリンクすることで、現場の負荷軽減や省資源の推進ももたらされる。
ほかにも環境クリエイターとして、脱炭素社会の実現に向けた事業にも着手。太陽光や風力などの再生可能エネルギー電力を用いた効率的な水素生成インフラ設備のEPCとO&Mの展開にも励んでいる。既に北海道石狩市では、モデルケースとなるマイクログリッド事業を手掛けている。今後は、BIMと組み合わせ、仮想空間上にシミュレーションで再現して将来の故障や変化を予測するといった、より高次元な設備運用の実装が期待されている。また、環境配慮型不動産ブランド「HERE」での建築設計など、他事業でもBIMを積極的に用い、新しい価値創出を推進していく。
BIM活用の3つ目は、「グローバル戦略を意識した国際事業の強化・推進」。現在、社内で活発になっているのが、国内外との連携。国際的にRevitが普及していることから、例えばミャンマー支店のナショナルスタッフとオンラインでつなぎ、国内のBIM案件を依頼することもあるという。「将来は、タイやベトナムの現地法人ともネットワークを構築し、密に連携をとっていきたい」(横手氏)。グローバルスタンダードのRevitと環境クリエイターとして持つ脱炭素化技術のノウハウを組み合わせることで、国際競争力が強化され、今後のグローバルでの市場開拓の後押しと成り得る。
とはいえ、一般的に2D図面でのもの作りからBIMへ移行するのはたやすいことではない。その点、高砂熱学工業では、これまで2.5D対応の設備CADでモデリングを行ってきたため、BIMへの移行に対する抵抗感は薄かったという。しかし、BIMオペレーターに正しく指示を出せる社内人材がまだまだ少なく、完全BIM化には至っていない。今後は、BIMに特化した人材育成にも注力していくと横手氏。「業務フローの標準化に留まらず、国内スタッフに向けた操作マニュアルや教育ロードマップの構築も含め、全面的にサポートしていく」と羽山氏も頷く。
これからもともに連携し合い、国内設備業界における、さらなるRevitの活用方法について調査していくという両社。今回の取り組みによって、長らく変化が起きなかった国内の設備業界に、Revitでどのような業務プロセスの変革が起きるのか、これからの動向に注視したい。
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提供:オートデスク株式会社
アイティメディア営業企画/制作:BUILT 編集部/掲載内容有効期限:2022年3月25日