「紙とハンコ」文化から2年半でAIエージェント駆動へ 宮崎の地場ゼネコン、改革の軌跡:地場ゼネコンのDX(3/3 ページ)
社長室の会議で、全員が同じ報告を手帳に書き写す。副社長 河野一歩氏が「写経会議」と称した当時のその光景は、宮崎県の丸宮建設の日常風景だった。それから約2年半、今ではプログラマーのいない社内で、現場監督や管理部の社員がAIと対話し、業務アプリを自作している。河野氏が最初に変えたのは、社内精度でも基幹システムでもなく、自分の会議メモの共有だった。そこから会社はどう変化していったのか。
「この工事の情報はどこに?」から始まった内製化
業務システムの内製化は、売上目標の設定がきっかけだった。目標を立てるにあたり、河野氏はまず現状の売上を集計しようとした。だが当時の丸宮建設には、工事ごとの発注者や受注金額、担当者を一覧できる基準となるリストがなかった。
河野氏はまず工事の一覧を整え、必要な仕組みを順に洗い出した。工事の一覧を常に最新に保つには、受注した時点で工事を登録する入力窓口がいる。工事ごとの発注を管理するには発注を工事にひも付ける仕組みと、取引先の一覧も必要になる。こうして、工事、取引先、発注、日報、試算書、支払い通知を、工事番号を軸につないでいった。正しいデータは1カ所だけに置き、入力は1回、転記はゼロにする。データ管理で「SSOT(Single Source of Truth)」と呼ばれる考え方だ。
工事を登録すると工事番号が自動で振られ、関係者にチャットで通知が届く。工事内容が変われば変更履歴が自動で残り、完成工事に振り替える際には二重計上がないかを自動で確認し、結果を通知する。
紙とハンコで回していた発注申請は、Googleの自動化機能であるGoogle Apps Script(GAS)で作った申請フォームに置き換えた。当初は表計算ソフト(Google スプレッドシート)のチェックボックスで承認する方式だったが、現在はチャットに届く通知から見積書を確認し、そのまま承認できる仕組みに変えた。
河野氏は、仕事のように見えて成果につながらない作業を「仕事モドキ」と呼ぶ。中身を見ずに回すだけのハンコリレー、報告を聞くだけで終わる会議、紙のための出社などがその典型だ。業務を自動化する際に最も重視しているのが、「Remove Before Improve(改善する前に、まず取り除く)」という考え方だ。自動化やAIを入れる前に、その作業自体をやめられないかを考える。「順番を逆にすると、要らない仕事を速く回す仕組みができてしまう」と河野氏は説明する。
内製したアプリも、この観点で見直す。施工班の配置を管理するアプリを検討した際は、班のリーダーを決めて連絡を取り合えば足りると判断し、開発を中止した。外部サービスも同様で、契約後でも社員が使いにくいと判断すれば無理に定着させようとはせずに解約する。「ツールを入れるときは、やめることもセットで考えている。実際に使ってみなければ分からないし、検討に時間をかけるほどリスクになる」という考えに基づくものだ。
一方で、外部サービスを使うと決めている領域もある。法改正への対応が必要な勤怠管理や給与計算、安全書類の作成/管理などには、専用のクラウドサービスを使う。工事写真の管理や安全書類など、制度と深く結び付いた領域でも専用のサービスを使っている。
こうした仕組みを現場で使えるよう、通信環境と端末も整えた。山間部の現場には衛星通信サービス「Starlink」を整備し、施工管理者にはタブレットも配布している。
AIエージェントを現場の社員にも展開 新アプリが続々
丸宮建設では現在、全社員がGeminiを使える環境を整え、社内でAI講習会も開いている。現場の技術者や管理部の社員まで、社内申請や回答文の下書き、報告といった事務処理の他、積算や施工中の書類作成にもAIを使う。
チャット型のAIは、人の質問に答えるところまでが役割だ。河野氏が次に取り入れたのが、目的を伝えると手順を自ら考え、ファイルの作成や書き込みまで実行するAIエージェントだった。河野氏は2026年4月からAnthropicの「Claude Code」を使い始め、業務システムの開発も、Geminiが出したコードを自分で貼り付ける方式から、AIエージェントに任せる方式に切り替えた。人は作りたいシステムを伝え、完成したものに不具合や仕様変更があればAIに伝える。コードを書いて公開し、公開後の改善までAIエージェントが担う。
当初は河野氏1人で使用していたが、2026年5月から、技術者や管理部の社員など約10人にアカウントを配布した。現場の事情をよく知る社員自身が仕組みを作った方がよいと考えたためだ。費用は1アカウント当たり月数千円程度で始められるため「1人採用すると考えれば十分に割に合う。24時間働いてくれるし、素直で非常に優秀だ」。
社員が使い始めて約2カ月で、現場の工程を共有する工程表アプリ、工事検査の指摘を図面に記録してPDFの帳票にまとめるアプリ、ドローンの飛行日誌と機体の予約を1つにまとめたシステム、暑さ指数(WBGT)から作業の可否を判定する熱中症対策アプリなどが生まれた。CADソフト「Jw_cad」の図面に、口頭の指示だけで足場を描き込み、部材の数量まで算出する試みも始まっている。
管理部の社員は、経済産業省「DX認定」を取得したいと表明し、公表用のページ作りから申請までをAIエージェントと進め、約2カ月で完了させた。
利用に当たっては、AIはもっともらしく間違えることがあるため成果物は必ず人が確認すること、個人情報や経営情報を外部に出さないことを徹底している。一方で、ルールは最小限にとどめている。ルールで制限しすぎると、利用に消極的になるおそれがあるからだ。AIエージェントに危険な操作をさせないように、実行を制限する設定を社内で共通化している。
デジタルツールの使い方には個人差もある。今もチャットを使用せず電話で連絡する社員もいる。河野氏は、無理に切り替えを求めることはせず、少しずつ慣れてもらえればよいと考えている。社内への発信や声掛けは続け、使い方の講座も続けて行くとしている。
AIを「組織のメンバー」にするために
AIエージェントの導入を進める段階にあっても、河野氏は現状を「まだAIを道具として使っているというレベル」だと話す。目指すのは、AIが組織のメンバーの1人として自律的に働いている状態だ。「インプットから処理、アウトプットまでを自律化するループをどう作るかが今後の課題だ」と語る。例えば、現場日報をAIが読み、人が見落としがちな危険の兆しに気付いて注意を促す、といった形式を想定している。
人が指示しなくてもAIが動く仕組みは、一部で既に活用している。毎朝7時に、建設業とAIのニュースを要約してチャットに届ける。夜間に会議の議事録を自動で整理し、出席していない会議の内容も把握できるようにまとめる。社内システムを巡回して不具合と改善案を洗い出し、翌朝まとめて報告する仕組みもある。
実現に向けた課題は2つある。1つは、情報の集まり方だ。各現場の打ち合わせの記録などはまだ全てがリアルタイムにデジタル化されているわけではない。もう1つは運用のルールで、AIへの指示の流れやAIが出した結果の保存場所、結果を誰が受け取り次の業務につなげるかはこれから決めていく段階だという。
AIが担える業務が広がり「仕事モドキ」の範囲も変わってきた。企画書のたたき台づくりや議事録の要約は人の仕事だったが、今ではAIに任せられる作業になったと河野氏はみる。
人に残る仕事について、河野氏はこう話す。「意志を持ち、どうなりたいかを思い描くのが本来の人間の仕事だ」。現場監督にとっては現場の安全を管理して工事を円滑に進めること、バックオフィス部門にとっては社員がより良く働ける環境を考えることが、人の担う仕事だ。
これからDXに取り組む建設会社に向けて、河野氏が最初の一歩として勧めるのは、情報共有の基盤づくりだ。Google ドライブに社内の資料を集めて整理し、全員がここさえ見れば必要な情報にたどり着けるポータルサイトを作り、紙の申請書をフォームに置き換える。仕事の進め方そのものを変えるには、経営側の意思決定が欠かせないため、河野氏は「DXは完全に経営課題だ」と強調する。
今の知識を持ったまま入社当時に戻れるとしたら、何から始めるか。そう尋ねると、河野氏は「もっと早い段階からAIを前提とした業務改革に乗り出していただろう」と話す。「会社のOSとなる業務基盤が古いままでは、人材も集まらず、生産性も頭打ちになってしまうのは明らか。自社のOSを常に見直し、アップデートを継続していくことが今後の建設業でかなり重要な視点になるはずだ」。
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