「ミュージアムタワー京橋」で具現化した日建設計のBIM×FM EIRの重要性とその先のスマートビル【BIM×FM第3回】:BIM×FMで本格化する建設生産プロセス変革(3)(2/2 ページ)
本連載では、FMとデジタル情報に軸足を置き、建物/施設の運営や維持管理分野でのデジタル情報の活用について、JFMAの「BIM・FM研究部会」に所属する部会員が交代で執筆していく。今回は、日建設計の光田祐介氏が担当した「ミュージアムタワー京橋」の事例などに触れつつ、BIM×FMのコンサルタントの立場から、具体的な手順と、特に重要となるEIR(発注者情報要件)について説明する。
BIM×FMのコンサルティングとEIR(発注者情報要件)
私は現在、BIM×FMについてのコンサルティングも行っており、クライアントには以下のような手順を勧めています。基本的には新築でも既存建物でも同じ手順を踏みます。
(1)FMの目的を明確にし、スコープを絞り込む(FMで何をどこまで実現したいか)
(2)国内外含め、複数のIWMSなどのFMプラットフォームの中からスコープに合わせて選定
(3)BIMデータ作成の発注前にEIR(発注者情報要件)を策定
(4)FMに最適化したBIMデータの発注及び作成を支援
(5)作成したBIMデータと、その他FMに必要なデータをFMプラットフォームに取り込む
(6)運用体制を構築
この中で特に重要なのが、2024年度JFMAのBIM・FM研究部会でも議論を進めている(3)の「EIR(発注者情報要件)の策定」です。
EIRの意味は諸説ありますが、本稿では国際標準「PAS 1192-2:2013」や建築BIM推進会議の国土交通省資料でも示す、発注者が求めるBIMの情報要件=“Employer's Information Requirements”として扱います。EIRは発注者から受注者に対する意思伝達手段の一つで、発注者が目的やゴール、それに至る手段、運用方法などを受注者に伝えることにより、「使えるBIM」に近づけるための重要なプロセスです。
設計や施工のEIRは、設計三会など各団体の努力もあり、少しずつ標準化が進んでいます。しかし、誤解を恐れずにいうならば、設計や施工の期間はBIMの主な利用者が設計者や施工者なので、発注者より細かくEIRで指定しなくとも、プロ同士であれば何とか調整は可能でしょう(もちろんステークホルダー間のデータ共有や連携などの課題はありますが)。
それ以上に、「維持管理」や「FM」のBIMは、まさに発注者(または建物所有者や管理者、運営者、利用者など)のためのBIMにする必要があり、設計・施工以上にEIRの重要性が増します。
発注者自身も必要性を感じているものの、BIMの専門知識があまりないため、自社のみでEIRを作成できる企業は少ないでしょう。JFMAのBIM・FM研究部会ではそういったニーズに応え、今期「発注者のためのEIR」のひな型を作成しようと取り組んでいます。
ここで再びコンサルティングの話に戻ります。偶然ではありますが、このコラムを出稿するタイミングで、私がコンサルティングを担当したプロジェクトが、BIMを活用した統合FMプラットフォームの運用を2024年6月初旬から開始し、プレスリリースの発表を迎えました※。
※日建設計プレスリリース「ミュージアムタワー京橋における、BIMを活用した統合ファシリティマネジメントプラットフォームの導入及び運用を支援。建物管理の人材難克服と効率化に挑む。」
本プロジェクトは好例で、竣工後約5年経過した東京都中央区京橋一丁目の「ミュージアムタワー京橋」を舞台に、ビル所有者の永坂産業のご担当者様から、「BIMを活用し、建物管理業務をDXしたい」との相談を受けて始まり、半年程度かけてFMプラットフォームの選定とEIRの作成を支援しました。
その後の維持管理BIMの作成(トランスコスモス担当)やFMプラットフォーム(FMシステム担当)の立ち上げもサポートしましたが、発注者と受注者が互いに契約時、EIRで条件を確認していたため、比較的スムーズかつスケジュール通りに進めることができました。こういった実例からもEIRが有効なことは間違いありません。
BIM×FMのこれから
ここまでBIM×FM、そしてEIRについて説明してきましたが、多くの方が「まだBIMを活用したFMは早いのでは?」や「BIMを必要とするユースケースがあまりない」といった感想を持っているかもしれません。
ですが、海外に目を向けると新しい働き方やサスティナブルな運営を実現するため、IoT化が進んだスマートビルが普及し始めており、その中で(IWMSを含む)FMプラットフォームの採用が進んでいます。
例えば、米国のスマートビル認証である「SmartScore certification」の評価基準の中でも、ビル内のナビゲーションやセンサー情報の可視化、エネルギーのレポート、メンテナンスコストレポート、予防保全などを実現するソリューションが求められており、さらにBIMやFMプラットフォームを導入していない場合は、(上位評価である)プラチナやゴールドの認定が取れない仕組みとなっています。
また、国内の人口は今後、確実に減少し、人手不足は既に待ったなしの状態です。これまでの属人的な建物管理手法では限界が来るのは目に見えています。何を始めるにもまずは建物の情報をデータ化することが必要です。FMは長期で投資を回収するビジネスモデルが主であるため、短期的なROI(費用対効果)だけを望むと、なかなか浸透が難しいかもしれませんが、長期的な視点を持てば、まさに今が始め時と言えるでしょう。
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