河川氾濫などの災害を予測する「物理知識を取り入れたニューラルネットワーク」【土木×AI第26回】:“土木×AI”で起きる建設現場のパラダイムシフト(26)(2/2 ページ)
今回は、物理知識を取り入れたニューラルネットワーク「PINNs」を用い、河川氾濫や地滑りなどの自然災害を予測する研究を紹介します。
2日間程度かかる計算が数分で完了
洪水時の外水氾濫の浸水シミュレーションに、PINNsを適用したのが文献5です。高速に浸水の状況を高い精度で計算することができれば、リアルタイムかつ詳細な解像度で、氾濫状況の把握が実現すると期待されています。
下図の水深予測結果を俯瞰してみると、地形に対応した水位の分布がよく再現できています。また、128地点の観測データが与えられた場合よりも、1024地点の観測の方が予測精度が高い傾向にあり、十分な数の観測点があれば高い精度が得られることがみてとれます。従来だと、最大で2日間程度かかる計算が、わずか数分で完了すると報告されています。
豪雨などによって、斜面崩壊や堤防決壊が生じることがありますが、このような土砂災害を予測し、事前に対策するには、土中への水の浸透しやすさの評価が重要です。圧力水頭と体積含水率の関係を表す水分特性曲線は、そのための基礎的な情報となります。水分特性曲線を簡易に求める方法として、下図のように、鉛直のカラムに対して下端を一定水位に保ってカラムの底部から吸水させ、カラム内の水分量が定常になるまで吸水させる土柱法が提案されています。
供試体の高さと自由水面の高さの差から圧力水頭を求め、土柱内の土壌水分計で体積含水率を計測することで、計測点での水分特性曲線の値を得ることができます。PINNsによって、限られた計測点で体積含水率の測定結果を学習し、水分特性曲線を求めたのが文献6です。
下図は、PINNsで再現された土壌水分計位置の体積含水率です。計測値を精度良く再現しています。また、その下の図が、計測値を再現する際に得られた水分特性曲線となります。通常の土柱法で求められるのは、緑色の点のみですが、それ以外の領域でも他の方法(水頭法)で求めた値と整合した値が得られています。このように、PINNsを用い、計測値を再現する学習をすることで、材料の特性などを求める逆解析が可能になります。
物理的なシミュレーションに、ニューラルネットワークを適用するPINNsによって、計算時間の大幅な短縮や効率的な逆解析が可能となることが明らかになってきました。被災地の状況をリアルタイムに反映したデジタルツインによる可視化で、より詳細な予測が可能となります。リアルタイムにリスクを求めて災害対応に役立てるなど、一層身近分かりやすい形で、災害シミュレーションが利活用されるようになることを期待しています。
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