匠の心を持ったデジタルゼネコン 清水建設がDXで生み出す建物の新価値:温故創新の森「NOVARE」探訪(後編)(3/3 ページ)
スマートイノベーションカンパニーを目指す清水建設がイノベーション創出のための重要拠点として新たに2023年9月に設立したのが「温故創新の森『NOVARE』」だ。前編ではその概要を紹介したが、後編では清水建設がNOVAREで実証を進めているDXによる新たな空間価値創出への取り組みを紹介する。
目に見えないものをARで再現
一方、デジタルツインを「分かりやすさ」という面で活用したのが「慈雨AR(拡張現実)」だ。
前回、NOVAREには旧渋沢邸が移築されたことを紹介したが、貴重な歴史的建造物である旧渋沢邸には、現代では手に入りにくい建築資材なども数多く使われており、現代の防火用放水装置では放水の力が強すぎて建築資材を壊してしまう可能性がある。そこで、清水建設では、AIによる火災の自動検知と、独自でやさしく放水することが可能な放水装置などを組み合わせた自動火災検知放水システム「慈雨」を開発している。
慈雨は他の歴史的建造物でも有効な防火対策となるため、出雲大社の大遷宮や首里城復元などの伝統建築を手掛ける清水建設は特にアピールしたい。しかし、テストで放水すると旧渋沢邸を痛めてしまう可能性がある。そこで、ARにより精緻に再現することで慈雨がどのような効果を発揮するかを分かりやすく紹介できるようになったという。「清水建設は神社仏閣などに、慈雨のようなシステムが必要だと昔から理解していたが、なかなかアピールができなかった。ARにより分かりやすく示すことで商談に貢献できている」(及川氏)。
清水建設が描くDXによる建物の未来像
これらの取り組みに加え、先を見据えた取り組みとして清水建設がNOVAREで実証しているのが「建物と人が対話をしながら暮らす世界」だ。その上でオープンイノベーションを進めるのに意識している点が「利便性」と「意味性」だ。
及川氏は「利便性は物事を簡単に手間をかけずに実行できることで、意味性は物事が重要で価値があると認識されることだ。今までの建物は利便性だけを訴求する形が多かったが、これからは意味性がより重要になると考えている。建物を通じて新たな価値観が発信し、それに最適な技術を組み合わせていく」と方向性について語っている。
その1つの方向性として取り組むのが「建物やそこにあるモノとの対話」である。具体的な取り組みとしてNOVAREでは、建物内の植栽との対話についての実証を行っている。これは、植物と共存する微生物が生命活動をする際に、土や水の中で放出される電子を利用して発電する「植物発電」と超省電力無線による水分センサーを利用し、この電力と水分を測定することで、植栽に対して給水や手入れが必要かどうかを判断する仕組みだ。電力が弱くなってきたり、水分が少なくなってきたりすると、手入れが必要だということが分かるために、時間単位ではなく個々の環境に合わせた対応が可能となる。
「あたかも植物が『のどが渇いた』や『おなかがすいた』と教えてくれるような仕組みが実現できる。環境意識も高まり、植栽の手入れの効率化も進められる。また、それらが自動でリアルタイムで把握できるようになれば、ロボットなどによる自動化なども考えられる。人材不足や資材不足にも貢献する」と及川氏はその意義について訴える。
及川氏は「利便性だけの競争だとどうしても数の論理でのたたき合いになる。意味性を重視し、既存のものと別軸の価値を創り出していくことで、全く異なる建物の姿を実現できる可能性がある。NOVAREでの取り組みを通じ、建物とデジタル技術を組み合わせる中で生まれる新たな価値を見つけていく」と抱負を語っている。
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