デジファブの草分け田中浩也教授が提言、afterコロナの建築3Dプリンティングで世界に先駆ける新たな価値:住宅ビジネスフェア2020(3/3 ページ)
建築用3Dプリンタには大きな可能性が寄せられている。内部構造を自在にコントロールできる3Dプリンタは、通気性や調湿性を持つ建材を容易に作り出せる利点がある。デジタルファブリケーションや3Dプリンティングの可能性に、国内でいち早く着目し、普及啓発に尽力してきた慶応義塾大学 田中浩也教授は、建築3Dプリントと別のテクノロジーを組み合わせることで、新型コロナウイルス感染症の拡大で、一変したwith/afterコロナの社会に対応し、例えば増大するワーケーション需要に応えられるような施設や居住環境を創出して、市場を開拓することも可能だと提唱する。
「環境メタマテリアル」の可能性
田中氏は、「3Dプリンタに細かなデータ設計の技術を掛け合わせることで、表現が備わる」とする。3Dプリンタの造形技術としては、細かな穴を作ったり経路を作ったり、通気性を持たせたり、2種類の素材を混ぜ合わせたりなどのさまざまなテクニックがある。一方、建築・住宅分野でも、通気性や調湿性、保水性などをコントロールしたいという課題が存在し、さらに環境の問題が加わることになった。
微生物の多様性を含む利点と3Dプリンタによって、今まで無かった新しい環境を提示する分野を田中氏は「環境メタマテリアル」と呼称する。この分野は、まだ海外の3Dプリンタ業界では注目されていない。田中氏は、「この分野で日本の3Dプリンタ分野の巻き返しを図りたい」と語る。
環境メタマテリアルの一例として、田中氏はリゾート地での例を示した。コロナ禍によってリモートワークが一般化し、自然を満喫しながら働く「ワーケーション」という概念がクローズアップされ、その対象施設としてキャンプとホテルの中間となるリゾート施設が注目されている。キャンプではテントにベッドが無く、自然を感じやすい一方で快適性は損なわれ、逆にホテルは過ごしやすいが自然体験という観点では薄い。しかし、3Dプリンタを使えば、自然を感じながらも、快適性を犠牲にしない建物=居住空間が作り出せるとし、複数の企業と各地でワーケーション用建物の検討を始めているとのことだ。
「これからは、自宅と職場、平日は都心で週末は観光地などの暮らし方、リゾートでの遊びと宿泊といった境界線があいまいになり、両方の中間的な要求が社会全体で増えていく。そのときに何かと何かの間に位置する建物が必要となり、3Dプリンタの技術にもう一つ価値を足すと、開放的な空間を提供できるようになるなど、新たなマーケットの開拓にもつながるはず」(田中氏)。
自然と共生する都市へ向けて
講演の最後、田中氏は「自然と相利共生する都市」と題するビデオで、自らが目指す3Dプリンティングの将来ビジョンを説明した。それは、東京湾の海底にある亀裂に3Dプリンタで作ったブロックを沈めて、漁礁を作るという壮大なプロジェクトだ。沈めるブロックは、家庭から出る生ゴミを集積する「バイオコンポスト」として大型の3Dプリンタを使って作成し、各家庭に設置する。
ここで作られた栄養分の高い腐葉土・堆肥は、センサー技術を駆使することで、野菜や植物を効率良く育てるのに活用する。さらに、このようにして使われたバイオコンポストは、1年に1度回収して海に沈められる。このようにして海底の亀裂を埋めながら、新しい生態系を形づくる。
田中氏は、このプロジェクトに関して、「10年後には自身が手掛ける30メートルクラスの3Dプリンタが各自治体に、1台ずつ設置されるような未来が到来すれば」と展望を語った。
もちろん、これは一つの将来ビジョンであり、10年後にどのような社会となっているかは予測できない。しかし、この将来像は現在の3Dプリンタの技術をベースに考えれば不可能ではないことだという。
3Dプリンタのテクノロジーは、これまで何年もかかっていたものが数カ月で作れてしまう可能性を秘めている。言い換えれば、新しいアイデアを試す期間が短くなることを意味する。田中氏は、「3Dプリンタによって何が加速できるか。SDGsも見据え、脱セメント・脱CO2も加味すれば、その付加価値がコロナ収束後の新たな展開につながるのではないか」と述べ、2020年10月1日に発足した産学連携の学内組織「慶応義塾大学KGRI(グローバル・リサーチ・インスティチュート)/環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター」への一般企業や研究機関などからの参画を呼び掛け、講演を締めくくった。
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