西松建設のDX企画部部長が語る、生成AI活用の鍵は「人とAIの役割分担」:生成AIが加速する建設業の業務改革(1)(3/3 ページ)
建設業の業務効率化や働き方改革を後押しする技術として注目される生成AI。新連載「生成AIが加速する建設業の業務改革」では事例を通じて導入の実態や効果を探る。第1回は早期から生成AI活用を推進し、社内文書検索システムや技術提案書作成支援システムの開発に取り組んできた西松建設の事例を紹介する。
活用促進のためにこだわった回答の精度
生成AIの自社向けカスタマイズを進める中で増田氏がこだわったのが、回答の精度だ。「回答の精度が低いとユーザーが増えないと考えた。一度生成AIを利用した人が精度の低さに失望し、使わなくなってしまうのを防ぎたかった」。
回答の精度向上に寄与している機能が、ハイブリッド検索だ。ハイブリッド検索は、従来のキーワード検索と意味検索を組み合わせた手法。例えば「安全」に関する質問をした場合、従来のキーワード検索では「安全」という言葉が含まれた文書のみを抽出していた。一方、意味検索では「危険」や「リスク」といった関連概念も含めて検索できる。これにより、より広い知識を背景にした質の高い回答を得られるというわけだ。
プロンプト分割機能で初心者でも高精度な回答を実現
また、特徴的なのがプロンプト分割の機能だ。プロンプトを「調べたいこと」と「回答してほしいこと」に分けて送信できる。
例えば「アスファルト添加剤について表にしてまとめて」と一文で指示をした場合、生成AIは「表にしてまとめて」を検索対象として捉え、既存の表をそのまま抽出してくる可能性がある。しかし、ユーザーが真に求めているのは、既存の表の抽出ではなく、調べた内容を新たに表形式で整理してもらうことだ。適切な回答を得るには、ユーザーのニーズを生成AIに正しく伝える必要がある。
そこでプロンプト分割を使い、調べたいことに「アスファルト添加剤の特性」、回答してほしいことに「用途別に整理した表」と分けて入力する。検索すべき内容と処理方法の指示が混在することを防ぎ、目的に沿った情報が整理された表を得られる。
生成AIの回答の精度を高めるには、AIの性能向上だけでなく、人の指示の質も高める必要がある。プロンプト分割を使えば、質問の内容を自然と明確化できるため、生成AIの初心者でもクオリティーの高い回答を得られる。
利用者1人あたり10時間の削減効果を確認
精度向上への取り組みの効果もあって、西松建設の生成AIは着実な効果を上げている。2025年5月時点で、生成AIの利用者数は全社員約3000人の4割に相当する1300人超に達した。
利用ログやアンケートから算出した全社の2024年実績によると1万5451時間の削減効果を確認できた。これは全社の合計数で、利用者1人当たりに換算すると約10時間の削減効果となる。
増田氏は「時間短縮だけでなく、自分では見落としがちな知識にたどり着けたり、過去の事例から技術継承ができたりと、新たな価値も生まれている」と手応えを語る。単純な業務効率化ではなく、業務の質の向上にも貢献している。
現在では生成AI活用は、内勤/現場の双方に広がっている。「内勤では翻訳、文書作成、Excel関数などについての質問が中心で、現場では近隣住民への案内作成、議事録作成、朝礼のあいさつ文作成、作業日報用マクロ生成などに活用されている」という。
社内の利用者を増やすための取り組みも継続する。質の高い回答を得るためのプロンプト事例集の社内共有や研修の実施に加え、Box検索参照については精度向上に向けて、文書整備の他、業務専用チャットbotなど、より特化したシステムの開発も検討している。
ただ技術提案書作成支援は、過去事例のデータベース化に手間がかかるという課題が残っている。AIが正確に参照するには、提案書の「課題」「施策」「効果」といった情報を細かく分解し、1つのセル目に1つの情報だけを格納する形で整理する必要があるためだ。増田氏は「データベース整理にも生成AIを活用し、人によるチェックを合わせることで効率化を図り、他の工種にも順次対応していきたい」と展望を語った。
ユーザー目線のシステム開発と社内広報、上層部の後押しが成功の鍵
現在DX企画部 部長の職にある増田氏だが、事務職畑を歩んでいた。その経験が、ユーザー目線に立った、社内の情報を有効活用できる生成AIの設計に生かされている。
増田氏は生成AI導入のポイントについて、「まずは社内広報活動、その次に具体的な事例の共有だ。現在も毎月のように生成AIに関する勉強会を開催し、活用事例の共有をするためのコミュニティーを設けている。また、社長をはじめとする経営陣も積極的に生成AIを活用しており、その姿勢が社内全体に広がっている」
西松建設の生成AIは一定の成果を上げ、活用範囲のさらなる拡大も見据える。取り組みの進展の裏には、ユーザー目線に立った自社に最適なシステムの開発と、それを後押しする経営層の姿勢、新たな技術を積極的に活用しようとする企業風土があった。
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