研究所新築工事の経験から得た、“維持管理BIM”推進の秘訣【BIM×FM第5回】:BIM×FMで本格化する建設生産プロセス変革(5)(2/2 ページ)
本連載では、FMとデジタル情報に軸足を置き、建物/施設の運営や維持管理分野でのデジタル情報の活用について、JFMAの「BIM・FM研究部会」に所属する部会員が交代で執筆していく。今回は、アイスクウェアド 石坂貴勲氏が研究所の新築工事で、維持管理BIMの要件策定を実践した経験から得たFM領域で使えるBIM作成の秘訣を解説する。
課題解決に重点を置いた維持管理BIMの要件策定事例
私は研究所の新築工事で、FM基本方針の策定から維持管理BIMの要求仕様書の作成、維持管理BIM作成事業者への指示、FMシステム運用開始までの取組を施主側のサポートとして参画させていただいた。まずは中期経営計画や設計プロポーザルを基に、研究所のあるべき姿や使い方をまとめ、プロジェクト関係者間で方向性を明確にするために「FM基本方針書」を作成した。
FM基本方針書では、品質/財務/供給の3つの目標を定める。品質目標は、「計画段階から修繕や更新、維持管理を考慮することで、不具合の発生を防ぎ、研究活動への影響を最小化」と、「フレキシブルなスペース計画や設備システム設計で、研究の生産性向上を図る」などはBIM活用のシーンがありそうだという話になった。また、財務目標としては、「計画段階から適切な修繕、更新計画を立案することで、建物の長寿命化とライフサイクルコストを最適化」にBIMを生かすプランを検討する方向でまとまった。
FM基本方針書で方向性を明確にした後、関係者にブリーフィングした。アンケートやヒアリングによって、既存施設での業務上の課題と改善要望を引き出すことが目的だった。通常は経営層や事業企画部門に対してのみ行うことも多いが、今回は現場で実務をしている施設管理担当や研究を行う現場の社員を中心に実施した。研究所という建物種別の特性上、現場を良く知る人物に聞く方が、BIM活用につながるリアルな課題を浮き彫りにできると考えたからだ。
アンケートには、社員からさまざまな課題や要望が寄せられ、その1つに既存建物では有効活用されていない部屋がある一方、会議室や研究室が不足していることが挙がった。竣工時から部屋の用途の見直しがされていないためだ。FMシステムで部屋別用途の可視化と実態調査を行い、定期的に部屋の用途を見直すことで解決できると考えた。
また、別の意見では、実験装置搬入時の経路検討、実験装置を設置する予定の場所の床荷重検討、装置固定アンカー打設の可能範囲確認、実験装置に接続する設備ダクトや配管の取り合いを確認したいなどの要望もあった。一般社員の中でも、研究員はBIMモデルの編集スキルを持っており、自身で維持管理BIMを活用できた。そのため、こうした要求は、維持管理BIMで検討に必要な情報を参照できるように、BIMの詳細度となるLODとLOIを定義しておけば実運用に十分応えられると判断した。
改修工事の内容が設備図面に反映されないため、図面と現物が異なっていることはよく耳にするが、実際に対応できていないものが多い。こうした課題に対し、研究者が維持管理BIMを使って実験装置の搬入計画や改修工事の検討を行い、レイアウト変更や改修内容をBIMモデルに反映させれば、BIMモデルが更新され続け、現物との乖離(かいり)が発生しなくなるのではないかという前向きな意見も出てきた。
ただ、その時点では施設の図面や資料が分散しており、情報収集に時間がかかってしまう。しかし、設計情報の塊となるBIMと業務情報を集約するFMシステム、そして運用ルールを整備すれば、現状抱えている多くの課題は解決できそうだとの結論に至った。
こうした議論を行った上で、BIM活用の目的が決まってくると、実際に維持管理BIMに必要な条件を洗い出すことになる。議論を交わす中で、施主にもBIMの知識がついてくるので、施主とより具体的な内容を協議しながら維持管理BIMの要求仕様に落とし込んでいく。
例えば、研究者は実験装置の搬入や設置の計画を行う際、古い実験装置の運転停止、接続ダクトや配管の撤去後、装置搬出、新規実験装置の搬入/設置、ダクトや配管の接続、運転開始までの手順と必要な費用を確認する。装置の搬出入ルートや楊重方法の決定には、ルート上の床の耐荷重を確認しなければならない。接続する配管やダクトのサイズ、ボルト径は、接続に必要な部材の手配で不可欠だ。設置期間中、接続する設備系統を停止することで他の装置に影響がないかも確認しておく必要がある。
研究者はこうした確認のため、例えば床荷重を確認するために構造図、または配管やダクトの系統、接続部分を確認するために設備図を入手する。しかし、図面がすぐに手に入らなければ確認が遅れ、予定した実験までに装置が設置できないこともあり得る。
BIMモデルに必要な情報が入っていれば、研究者は散らばった情報を集める手間なく、BIMモデルで完結する。床に耐荷重の情報が付与されていれば、モデルを開けばすぐに確認でき、配管やダクトの系統、サイズ、ボルト径を確認するとともに、接続配管をモデリングすれば手配に必要な材料も分かる。
ファシリティマネジャーに必要なこと
現場で業務に携わる方から、こういったリアルな課題を引き出し、そこから解決策を検討するのはファシリティマネジャーの得意とする業務だ。BIMの活用目的を明確にすることができれば、役に立つ維持管理BIMを作る手助けになる。これにはファシリティマネジャーの知識と経験に加えて、BIMの知識も求められる。どちらが欠けても、うまくいかない。施主が維持管理BIMの価値を実感するのは、役に立ったときだ。明確な業務シーンを想定しながらBIMの要求仕様書を作成し、BIM作成事業者へ必要な情報とその意図を正しく伝えることこそが、運用段階で使える維持管理BIMを作る秘訣だ。
著者Profile
石坂 貴勲/Takanori Ishizaka
アイスクウェアド プロフェッショナルサービス部 シニアソリューションスペシャリスト。
2010年建築学科を卒業後、大手サブコンに入社し、施工計画、管理、改修工事などを担当。その後、ゼネコンに転職し、施工BIM推進業務、BIM-FMシステム構築などに従事する。
2022年にアイスクウェアドに入社し、FM導入プロジェクトでBIM活用とFM業務のDXに従事。施主の要望をまとめ、FMフェーズで利活用しやすい維持管理BIMの策定とITシステムを活用したFMのDXをサポートしている。
一級建築士、認定ファシリティマネジャー、BSI BIMプロジェクトプラクティショナー。
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