BIM先進国の英国に学ぶ「ISO 19650」の真意と「建築安全法」の背景【BIM特別鼎談 Vol.1】:BIM先進国の英国に学ぶ(3/3 ページ)
英国は、日本での2023年度からの公共事業のBIM原則適用よりも先行して、2016年に全ての公共工事の調達でBIM Level 2(Full Collaboration:意匠/構造/設備でBIM共有)を義務化した。2018年には英国規格協会のBSIが「ISO 19650」を策定して以降、ここ数年は国内でも大和ハウス工業を皮切りに、ISOの認証取得に挑む企業が増えつつある。BIM本格化を前にして岐路に立つ日本の建設業界にとって、BIM先進国の英国に学ぶことは多いはずだ。
「建築安全法」が制定される契機となったロンドンの火災事故…
BUILT編集部 日本では、まだ発注者側がISO取得に挑戦はされていないのですね。英国では、発注者も認証を取得していると耳にしましたが、意識が高いからこそなのでしょうか?
バトラー氏 そうですね。施主にとっては、最終的に受け取る建築物が「安心安全なものである」という担保を得たいわけです。建築主や建築発注者も、最終的に求めている部分はクオリティー。だからこそ、積極的にISOを採り入れているのではないでしょうか。
英国にはまだ、建築主や建築発注者のための認証制度はありませんが、政府は新しい「建築安全法(The Building Safety Act)」という建築基準規制の法律を2022年4月28日に制定しました。多くの法律を更新および修正し、とりまとめたものとなっています。
建築安全法では、設計・施工のプロジェクトチームが有する能力を検証しているだけでなく、クライアント側にも多くの責任を負わせています。ISO 19650で規定されている項目の義務化に加え、BSIをはじめ英国やアイルランドのbuildingSMARTなどが、「UK BIMフレームワーク」を開設し、ISO 19650の解説などで建築安全法を支援しています。
バトラー氏 ISO以外にも重要な法的枠組みとしては、建設調達と情報管理の関連、ガイドライン、文書、ツールキットはガイドラインがあります。なかでも代表的な1つを紹介すると、2022年にリリースされた「UK Construction Innovation Hub Value Toolkit」、同年9月に内閣府で改訂された公共事業プロジェクトおよびプログラムの調達および契約に関する政府ガイダンス「The Construction Playbook」が挙げられます。
これだけでなく、発注者側に関わるものも多々あり、ISO規格に沿って実行するための資料で役立ちます。いわば、テンプレートとかガイドラインにあたるもので、そうした文書は「UK BIMフレームワーク」のWebサイトに行くと簡単に入手(購入)できるのです。
そもそも建築安全法は、ロンドンのグレンフェル・タワーで起きた悲惨な事件※を機に制定されました。
※グレンフェル・タワー火災(Grenfell Tower fire):2017年6月14日にロンドン西部で、低所得者層など向けの公営住宅「ランカスター・ウェスト・エステート」の高層棟「グレンフェル・タワー」(24階建て/全127戸、1974年竣工)で発生した火災。鎮火までに24時間以上を要し、70人が死亡、78人以上が負傷し、近隣住宅を含め151戸が焼失した。2015年から2016年5月までに、公営住宅地全体で大規模改修が行われていたが、のちの事故調査によると火元は冷蔵庫と判明し、さらに外装材と断熱材の安全性試験を実施したところ、基準値に達していないことも発覚した
バトラー氏 グレンフェル・タワー火災の事故後には、外装材と断熱材の耐火性不足や構造上で断熱材と外壁材の間に通気層が設けられていたことなどが指摘されており、BIMモデルが無かったため、何を使ってどう建てられているか、過去の履歴を遡(さかのぼ)れなかったことも問題となりました。なぜなら、「大規模修繕した高層住宅は、同様の建物仕様で施工されているのではないか」と多くの人が疑問視し、政府は緊急点検を実施して、その結果、多くの建物で不備が見つかったからです。
その後、現在では建て替えのためのデジタルデータを活用した新たな仕組みを「ゴールデン・スレッド・イニシアチブ(Golden Thread Initiative)」と呼んでいます。ゴールデン・スレッド・イニシアチブでは、建物の全てを対象に、例えばドアだったら誰が指示し、どこで調達されてインストールされたかをデジタルデータで管理することで、後でトレーサビリティー(追跡)も可能になります。
伊藤氏 ISO 19650をベースに、建築安全法などの新しい法律ができたという話が興味深い。他にも、新しい制度が整備される動きはあるのでしょうか?
バトラー氏 その可能性はかなりあるでしょう。建築安全法そのものが具体的な事件を契機にできたものなので、やはり建築主側でも、どんなスペックで、どんな建材を使って、どうインストールしているのか、また保守はどうなっているのかを明らかにして、トラッキングまで把握する一連の手順を確立できるのかが、重視されています。
言うなれば、建築家などの設計担当者と同時に、各ステークホルダーの役割が、改めて問いただされたのです。つまり、建築方法を決める立場にある担当者たちは、専門知識を持っているのは当然ながら、責任感も求められているということです。
このことは業界全体にとって衝撃的なトピックスでした。建築安全法は、法律として可決されましたので、今後は案件を担当している各専門チームが、ISOに準じた本当に正しい能力を持っているかを政府側が厳しくチェックしていくわけです。
伊藤氏 そうした法的な枠組みが整っているのは、素晴らしいですね。その点が、日本と英国のBIMの在り方の違いとして、浮き彫りになっています。
特別対談Vol.2では、英国が国策として取り組む“ナショナル・デジタル・ツイン”とは何か、ISO 19650の次の段階となる情報セキュリティと安全衛生について、さらなる議論を交わしている。【後編へ続く】
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