英国が国策で進める“ナショナル・デジタルツイン”とISO 19650の次段階【BIM特別鼎談 Vol.2】:BIM先進国の英国に学ぶ(1/3 ページ)
BIM特別対談Vol.2では、前回に続きBIMの国際規格「ISO19650」について、竣工後の運用(維持管理)をカバーするパート3や情報セキュリティに関するパート5、安全衛生のパート6を含む全体像とともに、英国で国策として進められているBIMを主軸としたデジタルツインをテーマにディスカッションを進めていく。
Autodeskでインダストリー&ビジネス戦略部のシニアマネジャーを担当している英国出身のスティーブ・バトラー(Steve Butler)氏に、「BUILT」上で「日本列島BIM改革論」を連載中のBIMプロセスイノベーション代表 伊藤久晴氏とともに、BIM先進国の英国での「ISO 19650」を中心としたBIMの取り組みをさまざまな観点から聞いた。インタビュアーはBUILT編集部の石原忍。
前回に続く鼎談後編では、英国が国策レベルで取り組む“ナショナル・デジタルツイン”とは何か、ISO 19650の次の段階となるサイバーセキュリティと安全衛生などを踏まえ、日本の建設業界が志すべきBIMの道標を議論した。
ISO 19650で規定されている共通データ環境(CDE)の重要性
BUILT編集部 話しをISO 19650に戻すと、BIMデータの情報プラットフォームとも言うべき、「共通データ環境(CDE:Common Data Environment)」が重要ではないかと認識しています。Autodeskの「Autodesk Construction Cloud(ACC、旧:BIM 360)」は共通データ環境として、どのような機能を有しているのでしょうか?
バトラー氏 ACCプラットフォーム上の「Autodesk Docs」は、ISO 19650に準拠したドキュメント管理をサポートします。その共通データ環境(CDE)では、強力かつ簡素化されたコラボレーションとデータ管理を可能にし、プロジェクトのライフサイクル全体にわたって複数のデータが混在しない、一意性のあるソースを作成します。
Autodesk Docsを使用することで、設計・施工のチームは、設計から施工までのコラボレーションとデータ管理(データマネジメント)を簡素化し、ドキュメントのレビューと承認ワークフローを合理化することができます。これには、権限管理、監査証跡、ドキュメント管理、修正とバージョン管理=リビジョンとバージョニング、設計ファイルとオフィスファイルの表示、承認ワークフロー、送信、マークアップと課題管理、レポートと分析、ファイル命名基準のサポートなどの機能が含まれます。
BUILT編集部 ACCは、日本でのISO 19650の共通データ環境として、どのように活用できるのでしょうか?
伊藤氏 スティーブさんの言及される通り、多様な機能が備わっていて扱いやすいはずですが、現実には日本では、ACCの機能をフル活用している企業はまだそれほどおらず、データ共有とワークシェアリングぐらいにしか使われていません。しかし、ISO 19650で共通データ環境の定義が分かれば、ACCに実装されている機能の意味についても理解が深まり、より多くの利用方法が見いだせるようになるでしょう。私個人としては、ISO 19650の共通データ環境を構築するには、ACCが最適なクラウドソリューションだとみています。
BUILT編集部 伊藤氏の見解では、ACCは、ISO 19650の共通データ環境として最適なソリューションだとのことですが、Autodeskでも最も力を入れている領域だとすると、今後はどのように進化してゆくのでしょうか?
バトラー氏 AutodeskがACCに最も注力しているとは言いませんが、BIMプロセスを真に実現するためには重要であり、私たちの投資対象分野の1つであることは間違いありません。
当社のデジタルデリバリーには、設計と建設など、他のワークフローをサポートするソリューションも含まれます。Autodeskのポートフォリオは、コンセプトデザインから詳細設計、施工までのワークフロー全般をサポートしています。こうしたソリューションは、デスクトップ、クラウド、モバイルデバイスから、共通のデータ環境にアクセスすることができます。
また、各種ソリューションの日本向けローカライズやデスクトップデザインなどのユーザーインタフェースの向上にも力を注いでいます。やはり、日本ならではの使い方に最適化することが大切だと考えています。
ACCに関しては、データへのアクセスの利便性も考慮しています。今後は、ますますユビキタス(いつでもどこでも)が求められていきます。企業では、専門職の人がどこにいても、会社にいるのと同じように、最新の情報にアクセスできることが当たり前になるでしょう。プロジェクトの設計チームが国内に居て、施工チームが海外にいることは珍しくありません。そのため、私たちの目標は、プロジェクトのライフサイクルを通じて、情報へのアクセスと発信を容易にする統合ワークフローを提供することなのです。それはAutodeskだけでなく、AECO(Architecture,Engineering,Construction,Operation:設計、設備、施工、運用)業界全体が目指す姿とも一致しています。
伊藤氏 私は前職の大和ハウス工業で、Autodesk Docsを介したワークフローを全社で展開していました。その間にコロナ禍となり、家で仕事をしなければならなくなった際に、どこにいても誰でもデータにアクセスできる環境に助けられました。これまでは自分のデスクトップPCの中にしかなかったデータが、遠隔でアクセスできるクラウドで管理しているので、仕事の引き継ぎなどもスムーズだった。
これからも、パンデミックや災害など、もし対面で仕事が困難になったときに、ワークシェアリングで場所も関係なく同時に共同作業できる環境は、危機管理やBCP(事業継続計画)の面でも不可欠となるはずです。
BUILT編集部 ここまでISO 19650については、パート2(ISO 19650-2)の設計・施工フェーズまでお聞きしました。その先のパート3(ISO 19650-3)では、竣工後の運用(維持管理を含む)フェーズの規格となっていますが、国内の状況を教えてください。
伊藤氏 ISO 19650-3は、ニーズさえあれば、BSIグループジャパンでの講習会や日本での認証対応は可能です。竣工後の運用(維持管理)については、発注者側の意識を高めてゆく必要がありますが、ISO 19650-3についても、認証取得を目指す企業が早く出てきて欲しいものです。
日本では、運用段階よりも維持管理に関心が集まっており、「BIMをメンテナンスにどう活用していくか」に主眼が置かれています。ところが、ISO 19650-3は、設計・施工で作ったBIMデータを、竣工後にどう活用するかがメインです。単なる維持管理だけでなく、例えば設計・施工のBIMデータを用いたデータベースの構築やDXへの展開も示唆されています。日本で言う維持管理は、あくまで一部に含まれる要素ではあるのですが、もっと広い視野で「運用後のBIM」を見据えていかなければなりません。
そもそも、ISO 19650のタイトルは、「情報の統合およびデジタル化」。だから、情報を統合化し、どう活用していくかは、設計・施工の段階で、あらかじめ運用されていなければ。しかし、日本ではそこまでに至っておらず、日本の考える維持管理BIMとはだいぶ乖離(かいり)している。そういう意味で、「ギャップがある」と表現しました。
その先は、“デジタルツイン”がキーワードになり得ると考えています。
BUILT編集部 デジタルツインといえば、英国ではかなり進んでいるようですね。このあたりもイギリスの考え方が軸になっているようですが、どのようなデジタルツインの施策が展開されているのでしょうか?
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