難病を抱えながら設計者として働く「RDワーカー」のリアル 日建設計がNPO法人とシンポジウム:プロジェクト(2/3 ページ)
日建設計とNPO法人両育わーるどは、難病のある人の働き方を問い直すシンポジウムを共創拠点「PYNT竹橋」で開催した。建築デザインの視点から誰もが働きやすい社会を探り、「RDワーカー」の認知拡大と次なるアクションに結び付ける議論を深めた。
当事者とともに環境をつくるインクルーシブデザイン
続いて日建設計 インクルーシブデザイン研究チーム 西勇氏が登壇し、日建設計のインクルーシブデザインに対する考えを示した。
西氏は、インクルーシブデザインを「デザイナーや企業が一方的に設計するのではなく、多様な立場の人とともに社会や環境をつくっていく考え方」と説明した。日建設計では、特例子会社「フロンティア日建設計」とともに、まずは自社内のインクルーシブな環境づくりから取り組んできたが、その際に大切にしてきたことも、当事者との共創を起点にすることだ。西氏自身、大学在学中の事故がきっかけで車いすユーザーとなったが、PYNT竹橋のデザインにはその経験が生かされている。
日建設計のこうした試みはクライアントワークにも広がっており、ワークショップの実施や図面の確認、現場見学、運用方法の検討などを、当事者とともに進めているという。
病と向き合いながら働く、その葛藤を語る
パネルディスカッションでは、馬場氏がファシリテーターを務め、「誰もが働きやすい職場や社会とは何かをデザインから考える」をテーマに議論を交わした。重光氏、西氏に加え、日建設計 チーフデザインオフィサー 山梨知彦氏、電通クリエイティブ 外崎郁美氏がスピーカーとして登場。山梨氏は、2つの難病に罹患しながら長年設計実務を続けるRDワーカーでもある。
山梨氏は、自身が難病者として働くうえで最大の困難は、「病気をどう受け止めるかだった」と語った。最初の発症は日本建築学会賞の受賞直後で、「自分も建築家としてやっていけるかもしれない」と思い始めた時期に重なった。医師から引退を勧められた山梨氏は、「本当につらいのは、もう1つ別の病気になったとき」と自分を励ますように考えた。ただ、それは病気と正面から向き合うことではなかったと振り返る。そして1年後に2つ目の難病を発症したことで、「初めて病気ときちんと向き合わなければならないと思うようになった」と語った。
山梨氏の困難はいまも終わっていない。「答えのないまま、現在進行形で苦しみや痛みを抱えている」と心情を明かした。
重光氏は、自身の罹患後の経験について、「外見からは分かりにくい疾患で、周囲に困難を伝える必要がある一方で、その伝え方が難しい」と語った。伝えるほど「分かってほしい」という思いも強くなり、その思いをどう抑えるかも悩んだという。さらに、「無理をしすぎないためにブレーキを踏むタイミングも難しく、今も試行錯誤を続けている」と話した。
西氏は、「障害を抱えながら働くことの困難は、克服してきたというより、無理をしてやってきた」と述懐。そうでもしなければ、人と同じ土俵に立てないと感じていたからだ。ただ、その経験があるからこそ、今は周囲の人たちに対しても、表には出していなくても何かしらの困難を抱えているかもしれない前提で接するようになったという。
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