BIMが一過性のブームで終わらないために Vol.2 発注者はBIMをどう捉えているか?【現場BIM第10回】:建設産業構造の大転換と現場BIM〜脇役たちからの挑戦状〜(10)(2/2 ページ)
連載第8回では「空虚化する“フロントローディング”の根本原因」というテーマで、「BIM活用の本当の受益者は誰か」の問いかけから発注者(施主/オーナー)の責務や役割についてスポットライトを当ててみた。今回は、野原グループが2025年5月に発表した発注者(施主/オーナー)に対する調査結果などを引用しながら、現状認識の深掘りと理想論ではない実現可能解について考えていきたい。
ここで改めて、BIMとは何か?
東京大学 生産技術研究所の村井一氏は、BIMは「BM(Building Modeling:形状情報)」「BI(Building Information:属性情報)」、そして「IM(Information Modeling:形状情報/属性情報の関係付けやルール設定を行い、意味情報として集計/出力すること)」という3つの概念に分類して考えるべきだと提唱している。これまで、BIMソフトウェアの中に全ての情報を入れて一元管理すべきといった考え方に寄っていた時期もあるが、昨今では欧米を筆頭にBIM=BIMソフトウェアという概念はほぼなくなったと言ってもよいだろう(参考資料「BIM GATE」)。
BIMソフトウェアを建設プロセスの最初から最後まで全ての局面で一貫して使い倒す、というのは現実的ではないということは既に一般論になってきていると思われる。BM/BI/IMという言葉を使わないにせよ、日本のBIM最前線ではこのような考え方が主流になっていることは間違いなく、当社もこの前提でBIM設計〜製造〜施工支援プラットフォーム「BuildApp」というサービスを展開している。
実はこの概念は非常に都合がよい。まず旧来のBIMソフトウェア一元化の考え方では、BIMを専門に扱える技術者だけが扱えるという縛りが生じるが、それが取っ払われる。必要な人に必要なタイミングで必要な情報(IMされたもの)だけをデリバリーしてあげれば、全てのステークホルダーがBIM建設に参加できるようになる。そして、参加コストもはるかに低くなる。
設計と施工がつながらないという漠然とした問題も、この定義で考えるとスムーズに解決する。そもそも設計と施工ではBIMを使う目的が全く異なるため、それを度外視して単純に“つなげるべき”というのは甚だ乱暴な話でもあった。どんな情報ならつなげた時に利用価値が高いのかにフォーカスして、BIMソフトウェア以外の方法で建設情報をデリバリーしても良いはずだ。
この場合、多くはBM(Building Modeling:形状情報)よりはBI(Building Information:属性情報)の方が設計側(設計事務所やゼネコンの設計部)にとっても施工側(ゼネコンの施工部隊)にとっても価値は高く、専門工事会社や商社/建材メーカーもその恩恵を受けられる。そういう観点で問題を個に落として考えられれば、ようやく手に扱える課題として対処のしようも出てくるだろう。
発注者(施主/オーナー)としてのBIM要件
上図は、「建設プロジェクトの品質と計画通りの実行に必要なこと」の1位に「BIMの活用による設計・施工プロセスの生産性向上」という回答があったため、「工事発注者として工事受注者に求める詳細なBIM要件をまとめた発注者情報要件(EIR:Employer's Information Requirements)の提示実態」の回答結果だ。ここには示しきれないが、EIR提示に前向きな層でもそうでない層でも両方の声として挙がっているのは、「BIMの活用メリットがまだよく分からない」ということ。まだまだ暗中模索という状況なので、引き続き成功例などを情報収集し、皆さまにも今後共有していきたい。
最初はあまり壮大なことを考えるのではなく、まずはLCC(ライフサイクルコスト)の見える化や削減のために、あらかじめどんな建築情報(多くはBIの領域)が必要になってくるのかを定義することから始めるとよいだろう。ある程度“何からやる”を決められれば、CM(Construction Manager)などコンサルタントがEIRに成形してくれる上、受注者が設計・施工でどのような対応をすべきかも提案してくれるはずだ。
発注者(施主/オーナー)にとって理解しやすいメリットは、LCCといった竣工後の建物の運用・維持管理プロセスの効率化やコストダウンであり、まずはそこにフォーカスしていただければ結構だが、ぜひその時に少しだけ「設計・施工プロセスの生産性」にも思いを馳せていただけないだろうか。
言い換えると「モノ決め」を早くしてあげることだ。主には設備や構造にも影響を与える意匠面の微細なこだわりを少し諦めて、決めたことを「安易に」変更しないこと。これだけで多階層/多工種で発生している二度手間や三度手間が圧倒的に減り、生産性は劇的に向上する。翻って建設Q/Dが担保され、無駄なコストが減り、投資効果も最大化するという好循環が生まれるはず。
最後はお願いというか悲痛な叫びに近くなってしまったが、発注者(施主/オーナー)の皆様には、切実なる現場の声として受け止めていただければ幸いだ。
著者Profile
山崎 芳治/Yoshiharu Yamasaki
野原グループCSO(Chief Strategy Officer/最高戦略責任者)。
20年超に及ぶ製造業その他の業界でのデジタル技術活用と事業転換の知見を生かし、現職では社内業務プロセスの抜本的改革、建設プロセス全体の生産性向上を目指すBIMサービス「BuildApp(ビルドアップ:BIM設計―製造―施工支援プラットフォーム)」を中心とした建設DX推進事業を統括する。
コーポレートミッション「建設業界のアップデート」の実現に向け、業界関係者をつなぐハブ機能を担いサプライチェーン変革に挑む。
著者Profile
守屋 正規/Masanori Moriya
「建設デジタル、マジで、やる。」を掲げるM&F tecnica代表取締役。
建築総合アウトソーシング事業(設計図、施工図、仮設図、人材派遣、各種申請など)を展開し、RevitによるBIMプレジェクトは280件を超える。2023年6月には、ISO 19650に基づく「BIM BSI Kitemark」認証を取得した。
中堅ゼネコンで主に都内で現場監督を務めた経験から、施工図製作に精通し(22年超、現在も継続中)、BIM関連講師として数々の施工BIMセミナーにも登壇(大塚商会×Autodesk主催など)。また、北海道大学大学院ではBIM教育にも携わる。
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