「北野建設」社長に聞くー企業風土も含む、IT改革に踏み切った地方建設業のDX戦略【全文公開】:地場の建設会社が手本にしたい建設DX(2/3 ページ)
IT導入は、多くの地方建設会社が必要性を認識つつも戸惑い、仮に採用しても使いこなせず放置してしまうケースをよく耳にする。しかし、長野で創業した地域密着型の地場ゼネコンは、IT全社導入を敢行し、建設業のデジタル変革へ踏み出すことに成功したという。
社内の現状把握で浮き彫りになったデジタル化以前の課題
北野建設はDX推進プロジェクトを開始するにあたり、まず1年半かけて社内の問題点を洗い出した。結果、デジタル化以前に解決せねばならない事柄が多数見つかった。その根底にあるのは、社内にまん延する"地方の中堅ゼネコン"という風土だ。
「自分たちがどういう会社かを振り返る過程で、“当社は中堅だから”という諦めや甘えがあると気付いた。こうした意識を変え、働き方も含めて従来の地場ゼネコンというイメージから脱却しないと会社は魅力的な場所にならないし、良い人材も確保できないと感じた。業界では、ベテラン技術者の高齢化に伴い、技術承継が不安材料になっているが、優秀な人材を育成するには経験の機会と、経験できる場が重要。そうした機会と場を確保し続けるためにも、地方かつ中堅に甘んじる意識を変える必要があった」
また、現在では長野と東京の2本社制を敷く北野建設ならではの障壁として、「長野本社は社内体制が整っていたが、東京本社は脆弱(ぜいじゃく)な部分があった。コロナ禍で、長野県出身の従業員の多くが東京から長野に戻りたいと希望したこともあり、首都圏での体制の弱さが露わになり、危機意識を持った」(北野氏)。
北野建設が施工を担当した「ハイアットリージェンシー東京ベイ」建設地:千葉県浦安市、発注者:東京ベイリゾート開発、設計:石本建築事務所、施工:北野建設、用途:ホテル、竣工:2018年 撮影:川澄・小林研二写真事務所
2本社制は業務上でも、長野と東京で業務内容に変わりはないが、帳票ソフトや積算ソフト、構造計算ソフトはバラバラ。過度な部分最適が進み、サイロ化し、社内でダブルスタンダードが存在していた。こうした課題を前に北野氏は、「単なる業務のデジタル化」ではなく、組織の在り方も視野に入れて会社の風土や体制の改革を進め、そこに建設DXを位置付けないと意味がないと確信することになった。
コミュニケーション環境の整備から着手
明確になった課題を整理し、初めに取り組んだのは「コミュニケーションの改善」。社内情報基盤システムを整備し、長野と東京、部門間や現場との風通しを良くすることで会社全体の最適化を図るという狙いだ。
具体的には、「Microsoft 365」とクラウドストレージ「Box」を全社に導入。Web会議ツール「Microsoft Teams」で、シームレスに社内コミュニケーションがとれるようにするとともに、業務で扱うデータをBoxに集約し、本社と現場など、離れた場所でも情報を共有できる環境を構築した。
他にも、さまざまなデータをクラウド管理することを見据え、クラウドセキュリティサービス「Zscaler(ゼットスケーラー)」を導入。同時に社内で使用されていた古くなったPCを入れ替えるなど、ソフトとハードの両面でセキュリティ強化を進めた。
北野氏は、クラウドでの情報管理はコミュニケーションの活性化のみならず、技術承継の面でも役立つと期待を寄せる。
「過去の図面には経験が詰まっている。これまで紙で保管した図面をデジタル化してBoxに集約すれば、若手担当者でも検索してデータにアクセスし、過去の経験をデジタルで学べる。当社ではこれまでの成功例や失敗例を検証し、記録に残している。ただ、紙で保存していたため、探すのが難しく、せっかくの検証作業が無駄になっていた。今後は、映像資料などもデジタル形式でクラウドに保存するので、誰でもいつでも記録を閲覧して、検証作業を次世代の経験に生かせる」
もちろん、全てが順風満帆に進んだわけではない。現場ではこれまでの業務プロセスが浸透しており、なぜ共通仕様に変えなければならないのかという抵抗があった。
さらに大変だったのが、業務で得られた経験やデータは、会社に帰属することの理解だった。「技術者は経験が重要で、経験をもとに判断して作業することが少なくないが、なかなかそれを共有してくれない。親方主義に似た“俺の背中を見てついてこい”の意識がまだ根強く残っていた」(北野氏)。
それでも北野氏はDXの意義を信じ、時には自らイニシアチブをとりながら、「組織の一本化は市場競争力を上げるために欠かせない」と粘り強く従業員に訴え続けた。すると、新しいソフトに不満を持っていた従業員でも、1月半もすると自然と使用するようになった。北野氏は、「現場の技術者も、クラウドに日々の現場での経験値を集積することにメリットを感じ始めている。まだ途上で改善の余地はあるが、それも時間の問題で、課題は解消できると手応えを感じている」と笑みを浮かべる。
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