英国が国策で進める“ナショナル・デジタルツイン”とISO 19650の次段階【BIM特別鼎談 Vol.2】:BIM先進国の英国に学ぶ(3/3 ページ)
BIM特別対談Vol.2では、前回に続きBIMの国際規格「ISO19650」について、竣工後の運用(維持管理)をカバーするパート3や情報セキュリティに関するパート5、安全衛生のパート6を含む全体像とともに、英国で国策として進められているBIMを主軸としたデジタルツインをテーマにディスカッションを進めていく。
ISO 19650の次のフェーズ、情報セキュリティと安全衛生
伊藤氏 その答えとしては、「ISO 19650-5」がセキュリティに関する規格になっています。ISO 19650-5は、「セキュリティ思考のアプローチ」というタイトルで、設計・施工、運用の段階で、どのようにしてセキュリティを守っていくかを示しています。日本でも認証は始まっていて、受託組織としてのトランスコスモスの取得に続き、2023年3月1日にはBSIグループジャパンが大和ハウス工業に「BIM BSI Security Kitemark」を追加認証しました。
ISO 19650が何のために必要なのかということを最初にスティーブさんが口にしているとき、「リスクに対してどう対応していくか」と言及していました。IT機器とか最新のテクノロジーを使うことは、便利な反面リスクもある。
建設業界のリスクは2つ。1つは情報漏洩(ろうえい)です。共通データ環境に入っているデータが、逆に言うと、セキュリティに穴があれば全て抜き取られてしまいかねない。それをどう守るかというのが、ISO 19650-5の基本的な考え方です。日本にとっては必要な規格なので、いち早く認証が行われています。
2つ目のリスクは、施工中と竣工後に考えることですが、「安全衛生」が挙げられます。現場における墜落事故など、安全に対する配慮は、英国でもさまざまなアプローチで吟味されています。竣工後も、手すりから落ちてしまうなど、いろいろな危険が孕んでいるおり、一般に公開されている国際規格PASで「健康と安全」に関しては「PAS 1192-6」が既に存在し、2024年か2025年にはISO 19650-6となる予定です。“攻め”の姿勢の情報マネジメントプロセスであるパート3、2に加え、“守り”に相当するリスク対応としてのパート5と6までが、ISO 19650の規格の全体像になります。
BUILT編集部 PAS 1192-6を踏まえて、ISO化が予想される「ISO 19650-6」では、現場安全とBIMがどのように関係するのでしょうか?
伊藤氏 現場では、起きうる事故やリスクを全てリストアップして、どう対応するかという手法を取るのですが、そこにBIMを取り入れていくのが特徴です。日本でも現場にBIMが導入されていますが、安全と結び付けているケースはほとんどありません。
安全とBIMの関連付けは、例えば、設計段階から現場の安全や運用後の安全を考えた設計が可能になります。また、BIMのモデルで、どのように安全を保全していくかをシミュレーション検討することもあり得ます。
ただPAS 1192-6が、ISO19650-6になろうとしているのに、今の日本ではそこまで意識が及んではいません。
ISO 19650シリーズ全体に関しては、単なる設計・施工のプロセスだけではなく、情報セキュリティと安全衛生も含めて、建設業全体の在り方を示しているとも言えるので、そこが面白い部分でもありますね。
日本の建設業界が志すべきは、「英国に学び、国内の市場に合致したBIM基準を」
BUILT編集部 いろいろと興味深い話を伺うことができました。最後に、スティーブさんが長年にわたり、日本のBIMの動向を俯瞰的に見てきて、これまでにどういった変化が起きたか、そして日本のこれからのBIMがどう進むべきかを教えてください。
バトラー氏 来日するようになって10年以上になりますが、直近の5年間は訪問回数が増えました。この間に、大林組、高砂熱学工業、大和ハウス工業などを中心に、BIM導入が進展しているのを実感しています。
まず建築設計、次に構造設計とBIM活用は移行しましたが、特に日本設計の取り組みには目を見張るものがあります。現在では、設計と施工のための単一のモデル作成プラットフォームで、Revit MEPによる設備設計のBIM化が進み、BIMに対する真の複合的なアプローチを企業に提供しています。Revit MEPは、統合的かつさまざまな領域をカバーしたソフトウェアです。あらゆる側面から、プロジェクトの包括的な管理を可能にします。
そして、「3Dモデルの調整がBIMの役割だ」という日本にありがちな誤解が解け、情報管理の考え方へとシフトし、BIMを使用して、情報に基づいた設計上の決定、建設の信頼性の向上、納期の保証を推進していくことが、重要なことです。今後は、ISO 19650などのガイドラインに反映されているように、3次元モデリングではなくより広範なプロジェクト全体の情報管理ができるものなのだと、いかに理解し、マインドシフトしていけるかがカギです。
日本での現状のBIM進捗は順調そのもので、スピーディーでとても期待しています。それも伊藤氏の功績によるところが少なくありません。彼は真のエキスパートであり、この国のAECO産業がBIMで成功するための指針となる人物です。伊藤さんのこれまでの功績に感謝するとともに、今後も一緒に仕事ができることを楽しみにしています。
伊藤氏 2022年だけでスティーブさんと会うのは来日や米ニューオリンズを含めて3回目。かなり親密にさせてもらっており、彼は私にとって貴重な情報源で刺激にもなっています。質問なのですが、来日されたミッションの1つは、Revit MEPの普及ではなかったかと思うのですが、国内の設備設計での採用も進んできているとのことですが、どの程度が達成できたでしょうか?
バトラー氏 日本でも、建築からインフラへも広がりもみせ、多様なステークホルダーでBIM 360やRevit MEPを選択する人が急増してきているように感じますね。Revit MEPの機能は、かなり複雑ですが、既に日本でもさまざまなプロジェクトを実現させています。
伊藤氏 先日、Revit MEPに関する2日間の講習を受けました。そこで感じたことは、Revitは意匠・構造・設備が共通言語として成り立つソフトを手に入れたんだと深く感銘を受けました。言い換えれば、共通データ環境を使って仕事をする上では、異なるソフトだったら言葉の壁になってしまいますが、Revit MEPであればそうしたことは生じない。スティーブさんが日本で尽力されてきたRevit MEPの普及がなされた今こそが、日本にとってのBIMのスタートだと、そう考えても良いのではないかと肌で感じています。
現実問題として日本のBIMは、英国に学ぶべきことがまだまだ多くあります。ISO 19650だけでなく、さまざま規格があり、まずは紐(ひも)解き、十分に理解して、日本の建設業界にとって何が重要でどうしていくべきかを、国内に広めてゆく必要があるでしょう。それが私の役割です。
さらに、将来を見据えると、ISO 19650だけでは通用しないのでは。日本に合わせた基準が必要になるときが来るでしょう。ただ、ゼロからスタートするのは今の日本のでは難しいので、スティーブさんや他の方々にも協力いただき、私なりの日本独自の解釈を加えたBIMの在り方を業界に浸透させていくことで、国内でのBIMの進化につなげることができればと思い描いています。それこが、デジタルトランスフォーメーションに進んでいける確実な道のりだと確信しています。
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