“発注者”が意識すべきフロントローディング(後編)―ISO 19650にみる情報要求事項【日本列島BIM改革論:第6回】: 日本列島BIM改革論〜建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ〜(6)(3/4 ページ)
建設費や工期の削減には、フロントローディングが必須となる。しかし、フロントローディングはBIMソフトを単にツールとして使うだけでは、到底実現できない。では何が必要かと言えば、発注者が自ら情報要求事項のマネジメントを行い、設計変更を起こさない仕組みを作り、意思決定を早期に企図しなければならない。これこそがBIMによる建設生産プロセス全体の改革につながる。今回は、現状の課題を確認したうえで、情報要求事項とそのマネジメント、設計段階でのバーチャルハンドオーバー(VHO)によるデジタルツインによる設計・施工などを解説し、発注者を含めたプロジェクトメンバー全体でどのように実現してゆくかを示したい。
美保テクノスとの「ISO 19650を用いた設計BIMプロセス改革」の共同研究
筆者は鳥取県のゼネコン・美保テクノスと、2022年4〜9月に「ISO 19650を用いた設計BIMプロセス改革」の共同研究を行った。ちょうど本社ビルを建てるタイミングだったので、実物件で、発注者の立場から、要求事項を作成していただいた。共同実験としての取り組みなので、情報要求事項の数としては不足しているが、これまで建物に対する要求事項が文書化されておらず、曖昧になっていたことが明確になり、これだけでも手戻りが減るという意見を頂戴した。
下記表では、設計者の立場で、BIM実行計画として入れるべき、要求事項に対する設計各チームの対応方針まで記載してもらっているので、誰がどのような形で要求事項を実現するかということまで、明確化できている。完全なものではないが、情報要求事項のマネジメントの1つの実例となっている。
情報要求事項は、発注者がマネジメントするが、ゼネコンや設計事務所側が整理を行い、設計・施工の前に、発注者に確認や承認をもらって作業を進めるだけでも、改善の糸口になるだろう。
なぜ日本では「情報交換要求事項」ではなく、「発注者情報要件」なのか?
ここからは、「情報交換要求事項(EIR:Exchange Information Requirements)」について触れていく。
日本では、EIRを「発注者情報要件(Employer's Information Requirements)」と説明している。なぜ、情報交換要求事項ではなく、発注者情報要件なのかというのも、日本国内のBIMの現状に起因する。日本では、発注者が竣工後の運用段階を見据えたBIMモデルを要求することがほとんどない。なぜなら、BIMモデルを用いた竣工後の運用方法が定着していないためだ。
もし、発注者が、竣工後の運用(維持管理を含む)のために、指定の形状と属性情報を持ったBIMモデルを要求したとしよう。そのBIMモデルを竣工時に後追いでBIMモデルだけを作っても、時間や費用が無駄になるので、設計・施工の段階で、BIMのソフト・バージョン・テンプレートなどから、レビュー・承認・納品方法などまでを指定するようになる。これが、ISO 19650による情報交換要求事項(EIR:Exchange Information Requirements)というものである。
情報交換要求事項には、これまで説明した情報要求事項も含まれるが、発注者がBIMモデルを要求するための情報交換方法を私は「BIM標準」と定義している。BIM標準については、次回以降で詳しく採り上げる。
日本のEIR(発注者情報要件)は、竣工後の運用のためのBIMモデルを要求しない段階の発注者の要求事項であり、ISO 19650のEIR(情報交換要求事項)は、設計・施工の成果物としてのBIMモデル(=PIM)を、竣工後の運用のためのBIMモデル(=AIM)にも活用するという段階の違いを示している。
情報交換要求事項とPIM/AIMとの関係性を示したのが下図となる。設計・施工段階の最終成果物(竣工モデル)として、プロジェクト情報モデル(PIM)を作り、PIMをベースに運用段階で利用される資産情報モデル(AIM)を作成し、AIMによる建物運用は解体まで継続される。
現状を考えると、EIRは設計・施工だけを対象とした発注者情報要件と考えても致し方ない。設計・施工のBIMモデルが運用(維持管理を含む)にまでつながっていないためだ。
設計・施工と運用のBIMがつながり、本来あるべき“一気通貫BIM”が見えてきたとき、EIRはISO 19650が示す情報交換要求事項とならなければならない。ISO 19650は、設計・施工のBIMプロセスのみを規格化したものではない。その本質は、竣工後の運用段階や情報セキュリティ、現場・建物の安全性も含む一気通貫BIMと、そこで統合・デジタル化された情報の活用を目指すものである。
残念ながら、日本のBIMは、概念的にもその域に達していないので、EIRは設計・施工フェーズのみを範疇(はんちゅう)とした発注者情報要件にとどまっている。
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