「デジファブで建築の民主化を」VUILD秋吉代表が拓く建築ファブの夜明け【前編】──建築産業構造の突破口へ:ニューノーマルを生きる建築のRe-build(1)(4/4 ページ)
DIYの下地が無い日本でも欧米に遅れること、都市の中で市民誰もがモノづくりを行える工房「FabLab(ファブラボ)」が各地に開設されてから数年が経つ。建築の領域では、マテリアルを切削や積層して形づくる3Dプリンタが、ゼネコンを中心に研究されているが、業界の裾野まで浸透するには、海外とは異なり法令規制など幾多の課題が立ち塞がっているため、まだ時間を要するだろう。しかし、デジファブによって、建築の産業構造そのものを脱構築し、建築モノづくりの手を市井の人に取り戻そうとする意欲的な建築家 秋吉浩気氏が現れた。
プレハブ住宅と建築家住宅の中間に位置するデジファブ住宅
利賀村の合掌造り以降、VUILD ARCHITECTSでは、特殊なケースでありながら、システム化ができることをウリに、急傾斜地の別荘など1点ものの建築物を受注してきた。ほとんどの案件で、“プレ・ファブリケーション”の段階において、あらかじめ計画地を3Dスキャンして、最小限の工数を導き出して、土地にダメージを与えずに家を建てられるかを考慮しながら設計。作成したCADデータを基に、ShopBotや新たに導入した大型加工機「BIESSE」が木材を自動で製造する。現地では、プレハブ式で木材のパーツを運搬して組み立てている。
秋吉氏は従来のプレハブ住宅について、「同じ部材を工場で大量生産していたが、建築家住宅や非住宅はプレハブ化するのが困難で、価格も比例するように高額物件になりがちだった。生産性は悪いが特別なもので、逆に工場生産されたプレハブは画一化されていて安いが面白みがない。この中間にVUILDのデジファブは位置する」と語る。
設計・施工でも、「プレ・ファブリケーションの段階でスキャンした3Dデータから、土地の形状や建築部材の搬入工程をあらかじめ全て計算しているので、建築物のユニット化が可能になる。そのうえ、デジファブは規格品をラインに流すための型が要らないため、同一の建築物でも1点ものでもコストが変わらないのが最大の優位性。ラインを持たなくても、工場生産と同等の制作環境が構築できる」とデジファブ特有のメリットを説明する。
自社開発したソフトウェア「EMARF」、建築設計を市民の手に
VUILDのコア要素のもう一つ、ShopBotと設計作業を結ぶソフトウェアに相当するクラウドプレカットサービスEMARFは、初期からCADすらも使わず設計するサービスを掲げ、社内に10人以上在籍しているエンジニアと建築系では稀有なプログラマーの手によって自社開発した。
バージョン2.0では、オンライン上にCADを実装したSaaSタイプ。設計のテンプレートをデザイナーが投稿し、エンドユーザーがサイズなどを決めて、ジェネレートボタンを押すと、加工位置などの割り付けが決定し、加工機にそのデータを送れば後は自動で切り出される。
「いままでは、CADソフトを購入して、使い方を覚え、加工機用の専用ソフトも同時に使いこなし、さらに設計データに仕様変更があるとアナログで入れ直すといった煩雑な工程を踏んでいた。EMARFでは、デザインデータの加工時間と見積りの概算を自動算出も含め、1クリックだけで、全て完結する。先行して英語で無料公開していたので、EUや米国では高く評価され、500以上のShopBotユーザーに使ってもらった。その反面、日本では最初からデータを制作することがいまひとつ響かず、設計者がいまPCで使っているCADソフトと連携する改良を施した」。
その言葉通り、2020年5月にリリースした最新3.0では、設計者向けに機能を拡充し、Rhinoceros、illustrator、Vectorworks、AutoCADに対応。今後は、CADソフトで一般的なDXFフォーマットに加え、その先のアップデートでは、RevitなどBIMへの対応を見込む。
EMARFのプラグインは、無料公開とし、マネタイズはShopBotへ出力する際、データ変換するときに、板サイズなどに応じて料金が発生する従量課金制にしている。そのため、何度デザイン検討をしても、自動の見積もりをとっても、費用が発生しない。データ出力時に掛かる金額も、おおよそ1枚当たり加工含めて、1万円を切る価格設定としている。
ここのところ、COVID-19の影響に伴い、自宅にワークプレースが必要になり、家具や雑貨のニーズなどが急増したことで、セミプロ層がファブラボとの比較で、自宅に設計と製作現場が構築できる点を注目し、利用者が急増しているという。
ShopBotは、国内1自治体に1台の設置を目標に、2021年には100台を販売目標にしている。プレカット工場では、オーダーを断られてしまう複雑な木材加工ができる強みを武器に、将来は大型の木造建築かRC造の型枠での適用を構想している。「そのレベルになると、BIM導入企業の利用も範ちゅうに入ってくるので、BIMとEMARFを連携させることが必要になる。BIMモデル上でボタンを押すと、板取りで何枚を加工して、ナンバリングされた部材がいつ納品されるかまでが分かり」、木材ライフサイクルのトレーサビリティも実現する。
後編では、6メートルの大型加工機を設置し、2020年春にオープンした横浜新工場の狙いと、「デジタルファブリケーション」×「コンピュテーショナルデザイン」の融合で、拓ける可能性について訊いた。
<後編へ続く>
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