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「紙とハンコ」文化から2年半でAIエージェント駆動へ 宮崎の地場ゼネコン、改革の軌跡:地場ゼネコンのDX(1/3 ページ)

社長室の会議で、全員が同じ報告を手帳に書き写す。副社長 河野一歩氏が「写経会議」と称した当時のその光景は、宮崎県の丸宮建設の日常風景だった。それから約2年半、今ではプログラマーのいない社内で、現場監督や管理部の社員がAIと対話し、業務アプリを自作している。河野氏が最初に変えたのは、社内精度でも基幹システムでもなく、自分の会議メモの共有だった。そこから会社はどう変化していったのか。

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丸宮建設 取締役副社長 河野一歩氏 提供:丸宮建設

 宮崎県都城市を拠点とする地場ゼネコンの丸宮建設では、現場監督や管理部の社員がAIエージェントと対話しながら工程表や工事検査向けアプリを自作している。社内にプログラマーはいないが、運用する業務システムは既に20本を超えた。

 約2年半前まで、社内の連絡は電話と口頭、申請は紙とハンコが中心だった。電通、Googleなどを経て家業に戻った丸宮建設 取締役副社長 河野一歩氏は、入社当時を「タイムスリップしたようだった」と振り返る。

 河野氏が最初に取り組んだのは、クラウド上で作成した議事録の共有だった。これを足掛かりに業務基盤のクラウド化を実施。並行して年間休日の拡大や賃金/評価制度の見直し、現場の書類業務を本社で引き受ける体制づくり、採用強化、工事データの整理などを進めてきた。AIによる業務アプリの内製は、こうした取り組みの延長線上にある。丸宮建設の改革の歩みを河野氏に聞いた。

議事録の共有から「ステルス」で始めた改革


丸宮建設 本社 提供:丸宮建設

 丸宮建設は1950年創業。建築/土木の両分野で公共/民間工事を手掛け、売上高は約24億円に上る。河野氏は2024年1月、家業の丸宮建設に入社した。東京で広告やITの仕事に携わってきたが、家族と共に働く時間を持ちたいとの思いから、東京を離れることを決めた。

 入社直後、河野氏は社長室での会議の在り方に驚いたという。参加者はそれぞれ手帳を持ち、口頭で交わされる報告を書き留めていた。会議以外でも、仕事の進め方に戸惑う場面があった。「コミュニケーションの全てが電話や口頭で行われていた。情報を伝える手間が多く、そこがボトルネックだと感じた」。メールは受信したPCでしか読めず、共有ファイルは社内サーバに接続しなければ開けない。紙の申請書は、承認までに最長で1週間を要することもあった。

 河野氏は業務の進め方を変えたいと役員に何度か相談したが、返ってきたのは「今も仕事はできている」「戻ったばかりなのだから、まずは会社のやり方を吸収しては」という反応だった。

 そこで河野氏は、まず自分が出る会議のやり方から変えることにした。「口頭だけでは聞き漏らしがあっても気付きにくい。最初からドキュメントに書いて共有すれば、全員が同じ内容を確認できる。自主的に自分のメモをシェアするという形で始めた」。

 Google ドキュメントで作成した議事録のリンクを会議後に参加者へ共有すると「これは便利だ」という声が上がった。共有するだけの状態から、徐々に、議題を事前に書き込んでもらうよう働き掛けた。

 河野氏はこの進め方を「いわばステルス」と表現する。事前に全員の合意を取るのではなくまず自分の仕事のやり方を変え、それが合理的であれば周囲にも自然と広がっていく。

 入社2カ月後の2024年3月には予算を確保し、Google Workspaceを全社に導入。全体会議などで切り替え時期を知らせ、メールアドレスは変わらないと伝えた。機能を説明して理解を得てから移行するという王道の手順はあえて踏まなかった。使う前から身構えさせないためだ。「新しいシステムは実際に触ってみるまで勝手が分からないものだ。使い始めてから、必要に応じてマニュアルを見たり問い合わせたりしてもらえばいい」。

 導入に当たっては、「ここさえ見れば必要な情報やツールにたどり着ける窓口」として、Google Workspaceでできることをまとめた社内ポータルを整備した。社内サーバに蓄積していたファイルはクラウドへ移行し、フォルダ構成のルールも定めた。

 一方で、マニュアルを整えるだけでは利用は進まない。導入当初は河野氏が自ら社員の席を回って隣に座り、受信トレイの場所や返信の仕方といったメールの基本からチャットやファイル保存の方法などを、画面を一緒に見ながら伝えていった。

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