間違いだらけの「日本のBIMの常識」Vol.2 最近耳にする「EIR」の本質を見直す【日本列島BIM改革論:第11回】:日本列島BIM改革論〜建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ(11)(3/3 ページ)
前回は、間違いだらけの「日本のBIMの常識」に潜む誤解の中で、「BIM」という言葉自体の意味や背景に改めて捉え直した。今回は、最近よくBIMの話題で俎上に載るようになってきた「EIR」「BEP」について、正しい定義と解釈を示したい。こうした用語はBIMの情報マネジメントで極めて重要な役割を担うが、日本ではその本質が正しく理解されていない。
プロジェクト関係者全員に浸透させるためのEIRの構造
EIR(情報交換要求事項)は、発注組織が元請受託組織に発行するだけでは、プロジェクト全体の全ての関係者に浸透しない。さらに、そのまま受託組織の実務作業者に提示しても、元請受託組織自体の要求事項が入っていないので、発注組織のEIR(情報交換要求事項)を元に、元請受託組織のEIR(情報交換要求事項)を受託組織に発行しなければならない。つまり、入札段階で発注組織が元請受託組織に対して提示する「発注組織の情報要求事項(Appointing Party’s Exchange Information Requirements)」に加え、受託段階では元請受託組織が組織するその下の受託組織に対して発行する「元請受託組織の情報交換要求事項(Lead Appointed Party’s Exchange Information Requirements)」も必要となる。
このようにEIR(情報交換要求事項)は、プロジェクト全体で一貫した情報要求をサプライチェーンの末端まで浸透させ、全関係者が順守すべき基準となる。そのため、入札段階で発注組織が提示するEIRの内容を基礎としつつ、契約段階では元請受託組織が必要に応じて要求事項を追加し、各受託組織に提示する構造が求められる。
国際規格ISO 19650-2の情報交換要求事項(EIR)
ISO 19650で要求されている発注組織の情報交換要求事項(EIR)の項目について、確認しておく(ISO 19650-2:2018 5.2.1)。
a)発注組織の情報要求事項
- 組織の情報要求事項(OIR:発注組織全体の方針的要求事項)
- 資産の情報要求事項(AIR:運用・維持管理段階に必要となる情報)
- プロジェクトの情報要求事項(PIR:設計・施工段階に必要となる情報)
b)各情報要求事項に適合する必要情報詳細度
c)各情報要求事項の受入基準
- プロジェクトの情報標準
- プロジェクトの情報生産手法および手順
- 発注組織の提供する参照情報又は共有資源
d)元請受託組織候補が、情報要求事項及び受入基準を十分に理解し、評価するために必要な補助情報
e)プロジェクトの情報納入マイルストーンおよび発注組織の主要意思決定ポイントに関する期日(スケジュール)
国際規格のISO 19650-2では、発注組織が「どのような情報を、どの時点で、どの基準で必要とするか」を明確に定義することが、情報マネジメントの起点となっている。従来の成果物(図面や計算書など)に加え、必要に応じてBIMモデルやCOBieなど、運用段階で活用されるデータを要求することになる。
「必要情報詳細度」は、活用目的に応じて情報を要求する粒度を定めるもので、曖昧にしてしまうと活用できない情報が生じる可能性がある。
「受入基準」は、提出情報をどの標準や手法に基づいて作成すべきか、また発注組織がどの参照情報を提供するかを明確にするものだ。検証可能で一貫性ある情報交換を保証するため、プロジェクト全体で統一的なものでなければならない。統一的であれば、プロジェクト内の異なる元請受託組織でも、一貫して活用できる情報となるからだ。
「補助情報」は、情報要求事項、必要情報詳細度、受入基準を理解するためのガイドライン、ルールブック、手順書、マニュアルなど、要求事項の理解を補助する文書で、プロジェクト参加者の教育や動員計画とも関連する。
「情報納入マイルストーンおよび意思決定ポイント」は、発注組織の承認プロセスと連動しており、情報が計画的に完成していくための基盤となる。
EIRは、発注組織が必要とする情報を体系的に定義する情報の要求仕様書。BIMモデルの作成条件に限定されるものではなく、プロジェクト全体の情報マネジメントを成立させる基礎文書となる。
日本での間違ったEIRの解釈と運用
日本ではEIRという用語は、既に廃止されているPAS 1192の「Employer's Information Requirements(発注者情報要件)」を踏襲している。発注者が元請受託組織に対し、属性情報を備えた3次元モデルをどのように作成すべきかを定めた「BIMモデルの仕様に関する付属資料」の認識のままなことが多い。このような日本のEIR(発注者情報要件)は、必ずしも契約上の実現を義務付けられる要求事項とは見なされず、BIMに取り組む際の努力目標のような扱いとなっている。EIRに定めた事項が、計画通りに実行されたかどうかが問われることも少ない。また、EIRはあくまでも発注者が作成/発行するもので、元請受託組織が下位受託者に対してEIRを展開するという考え方は皆無だ。こうした状況にあるため、日本では現在でも「発注者情報要件」というPAS 1192由来の用語が使われ続けているのではないか。
ISO 19650のEIR(情報交換要求事項)は、発注者からの一方向的な「情報要望書」ではなく、プロジェクトに関与する全関係者が、情報の品質や整合性を確保するために、連鎖的で階層的に展開される「情報マネジメントを実施するための要求事項」だ。その正確な理解と適切な運用がなされない限り、BIMは単なる3Dモデル作成技術として矮小化され、情報を通じた価値創出という本来の目的から逸脱することとなる。そのため、BIMが設計・施工・維持管理を含む、プロジェクトライフサイクル全体に関わる情報マネジメントの枠組みという認識の下では、EIRも「発注者上場要件」ではなく「情報交換要求事項」として再定義しなければならない。
発注組織がEIRを発行できない場合の元請受託組織の取り組み
以上が国際規格や海外の常識となっているEIR(情報交換要求事項)の定義だが、こうした説明をすると、「対応できる発注組織はいない」「発注者がこのような要求をしないからできない」などと訴える元請受託組織の人が大半だろう。発注組織ができない場合は、発注組織が外部企業に依頼するプロジェクトマネジャーなどが担うべきと思うが、現実には日本にそれができる知識や経験を持った者は少ない。
だが、たとえ発注組織からEIR(情報交換要求事項)が発行されなくても、元請受託組織として取り組むことは可能だ。設計・施工で発注組織からの要求事項を明文化して関係者に周知させること、受入基準(情報標準/情報生産手法、手順/共有資源)などを社内基準として整備しておくことはできる。それらをもとに、元請受託組織のEIRを受託組織に発行することも可能なはずだ。
技術志向からプロセス志向に変え、EIR(情報交換要求事項)の運用を見直そう
ISO 19650は、全ての情報を統合/デジタル化するために情報マネジメントを導入するための国際規格だが、「全ての情報をBIMソフトウェアのBIMモデルで作れ」とは書かれていない。たとえ設備・構造がBIMソフトウェアを使えず、CADによる図面作成であっても、情報マネジメントは実施できる。意匠・構造・設備の全てをBIMソフトウェアで設計しろという方が、現実にはよほど敷居は高い。日本でも、技術志向から「プロセス志向に視点を変え、情報マネジメントを導入し、情報の統合やデジタル化を図る」必要がある。
EIRは国際規格で定めた情報マネジメントの用語の1つ。用語を使う際には、英国の公開仕様書であり、既に廃止されているPAS 1192の定義ではなく、国際規格ISO 19650の定義に従った上で情報マネジメントを実施する必要がある。でなければ混同をさけるために、EIRという用語を使うべきではない。
今回はEIR(情報交換要求事項)の説明で終わってしまったので、次回はBEP(BIM実行計画)について筆を進めたい。
著者Profile
伊藤 久晴/Hisaharu Ito
BIMプロセスイノベーション 代表。前職の大和ハウス工業で、BIMの啓発・移行を進め、2021年2月にISO 19650の認証を取得した。2021年3月に同社を退職し、BIMプロセスイノベーションを設立。BIMによるプロセス改革を目指して、BIMについてのコンサル業務を行っている。また、2021年5月からBSIの認定講師として、ISO 19650の教育にも携わる。
近著に「Autodesk Revit公式トレーニングガイド」(2014/日経BP)、「Autodesk Revit公式トレーニングガイド第2版」(共著、2021/日経BP)。
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