情報としてのデザインとその管理──木賃アパート生産史から学ぶこと:建築(家)のシンギュラリティ(4)(1/4 ページ)
建築学と情報工学の融合が進む昨今、これからの「建築家」という職能はどう変化していくのか――キーパーソンへのインタビューを通して、建築家の技術的条件を探る本連載。第4回は建築の「生産」がテーマです。木造賃貸アパートがもたらす都市課題に対し、改修手法のオンライン・アーカイブ「モクチンレシピ」の運用を通して取り組む、NPO法人モクチン企画代表理事の連勇太朗氏をお迎えします。
建築学と情報工学の融合が進む昨今、これからの「建築家」という職能はどう変化していくのか、という問いをテーマに、キーパーソンへのインタビューを通して建築家の技術的条件を探る本連載。第4回は木造賃貸アパートがもたらす都市課題に対し、改修手法のオンライン・アーカイブ「モクチンレシピ」の運用を通して取り組む、NPO法人モクチン企画代表理事の連勇太朗氏をお迎えし、建築の「生産」について考えます。
中村 今回お話を伺うのは、NPO法人モクチン企画代表理事の連勇太朗さんです。日本の都市部が抱えている、木造賃貸アパート(以下、木賃アパート)という「不良建築ストック」の問題に対し、「アーキコモンズ」という方法論を用いて挑戦されています。この「アーキコモンズ」という方法論は、建物単体ではなく、都市建築の生産システムそのものへと介入してゆく、いわば建築版の「ハッキング」とでも呼ぶべき興味深い実践だと考えています。
この連載では毎回テーマを掲げているのですが、今回の場合は広義の「生産」を巡るものだと考えています。とはいえ、建築の領域における「生産」は極めて多様な意味を持っているため、その全てに応えられると思ってはいません……。
しかしそれでも、情報技術が可能にした建築に関する情報の共有・改変・流通といった位相から建築生産を捉え直す「アーキコモンズ」には、本連載のテーマである「建築家の技術的条件」を考える上でも極めて重要なトピックだと思っています。具体的に考えてみても、CADやBIMなどの普及によって建築デザインがデジタル化するなかで、これからどのように建築のデザインを共有・管理していくのか──? そうした問いは極めてアクチュアルなものだからです。
私自身、モクチン企画のメンバーとして活動しており、インタビューしづらいところもあるのですが(笑)。連さん、今日はよろしくお願いします。
連 よろしくお願いします。「アーキコモンズ」については、修士論文で一度まとめて、その後幾つかの媒体で少し紹介しているくらいでした。最近は博士論文の執筆をしているもの、あまり外では語ったことがないので今日のインタビューはとても楽しみです。
爆発的供給を可能にした「木賃アパート」の生産システム
中村 それでは「アーキコモンズ」の前に、日本における木賃アパートのの在り方を簡単に整理するところから始めたいと思います。木賃アパートの最大の特徴は、何といってもその「量」です。高度経済成長期を通した都市人口の増加に応じて爆発的に建設され、東京都で言えば、1970年代前半には23区内全戸数のなんと37%、87.7万戸が木賃アパートによって占められていたという記録があります。1
1.『都市住宅』(1973年2月号、鹿島出版会)
さらに驚くべきは、その供給が民間の草の根的な生産システムによってなされたという事実です。その要因の一つには、日本における木造建築の伝統的な構法体系である「在来工法(木造軸組構法)」の存在が挙げられます。この構法の神髄は「間取りさえ決定すれば半自動的に断面・立面が決定される」点にあり、土地の大きさや敷地形状、建設コストなどの条件が揃えば、建築家が居なくとも作る建物をほぼ自動的に決定できました。また木賃アパートの生産は、ハウスメーカーのような中央集権的な主体によってではなく、大工・不動産会社・オーナーの三角関係によって地域ごとに組織されましたが、これも在来工法が日本の大工に広く普及していたことの賜物です。汎用技術としての「在来工法」に支えられた、木賃アパートの「分散」的かつ「半自動」的な大量供給。こうして見てみると、木賃アパート生産の極めてシステマチックな側面が見えてきますね。
さて、現在も23区内だけで20万戸近く残っているといわれる木賃アパートは、日本の都市課題の象徴でもあります。その多くが現代の賃貸マーケットとは合わないために再投資の対象とならず、火災や震災のリスクをはらみながらも「どうしようもない」状態にあるからです。連さんが代表を務めるモクチン企画では、そうした木賃アパートを再び賃貸マーケットに乗せるための効果的な改修手法を開発・普及させることで、都市課題の解決を目指しています。
その中心的なプロダクトである「モクチンレシピ」は、在来工法特有の間取りやディティールに合わせた改修手法をアーカイブ化し、オンラインで公開するものです。在来工法の文法に則ることで、既存の生産システムがこれを取り入れやすくし、結果的に20万戸すべての潜在的な価値が、面的に高まることを目指しています。膨大な量がある木賃アパートの生産システムをハッキングすれば、都市を改変可能である――これはモクチン企画の理念とでもいうべきものでしょう。
連さんは、このように建築デザインを資源として捉え、管理する手法を「アーキコモンズ」という名前の建築理論として提唱されていますね。そしてこれがモクチン企画の実践の背景となっている。今回は、その内容を伺うことを通して、連さんがどのように独自の建築・都市観を獲得してきたのか、またその先にはどのような建築家像があり得るのか、お伺いできればと思っています。
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