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建築のアルゴリズムとは何か──「他者」を巡る設計方法論の発展史建築(家)のシンギュラリティ(2)(1/3 ページ)

建築学と情報工学の融合が進む昨今、これからの「建築家」という職能はどう変化していくのか――キーパーソンへのインタビューを通して、建築家の技術的条件を探る本連載。第2回は、慶應義塾大学SFC教授の松川昌平氏とともに、建築における「設計」技法の発展について考えます。

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 建築学と情報工学の融合が進む昨今、これからの「建築家」という職能はどう変化していくのか――キーパーソンへのインタビューを通して、建築家の技術的条件を探る本連載。第2回は、コンピュータを用いた新たな設計理論を「アルゴリズミック・デザイン」の名前で提唱している、慶應義塾大学SFC教授の松川昌平氏とともに、建築における「設計方法論」という技法の発展について考えます。


筆者(左、中村)と松川氏

1.設計方法論の歴史

中村(以下、N)本連載の第2回である今回のテーマは「設計」です。前回の製図と同じく、設計という言葉は建築家にとってあまりにありふれた状態・状況を指すものであり、それ自体を意識的に考える機会というのはあまり無いかもしれません。しかし実は昔、「設計」が国際的な研究対象であった時代がありました。のちに触れる「設計方法論」と呼ばれる学問領域が、設計の手法・技法の分析と開発を試みていたのです。このように設計には、優れて技術的に構成された制度としての一面があります。情報技術の発達が設計方法に直接的な変化を引き起こしつつあるいま、その意義はますます高まっているとも言えるでしょう。そこで今回はこの「設計方法論」の領域を通して、連載の趣旨である「建築家の技術的条件」としての設計を考えてみたいと思います。お話をお伺いするのは、コンピュータを用いた理論的なアプローチで設計方法論を研究されている松川昌平先生です。よろしくお願いします。

松川(以下、M) よろしくお願いします。

N まずは簡単に、建築における設計方法論をめぐる議論を整理するところから始めましょう。そもそも設計方法論という概念自体は、1960年代に生まれたものでした。第二次大戦を経て、焼け跡となってしまった戦地にたくさんの建築を供給しなければならないという社会状況を背景に、設計の合理化・方法論化が求められたことに端を発します。これはデザインに関わる幅広い領域の識者が集う論壇へと成長し、建築の領域からもクリストファー・アレグザンダー1の活動を筆頭に、数多くの研究が報告されています。

 一方、日本国内においては、磯崎新が同時代のアヴァンギャルドな建築家のレポートをテーマとした論集『建築の解体』でアレグザンダーを取り上げています。徹底的な合理性に裏付けられた彼の議論は、最先端の建築理論として読み替えられました。しかしアレグザンダーの実作が建築界にそれほど受け入れられなかったように、建築における設計方法論の研究はその後下火になってしまいます。

 そこから90年代に入り、パーソナル・コンピュータやインターネットが普及してくると、建築における情報技術の可能性が議論されはじめます。特にグレッグ・リンらによるコンピュータを用いた「形態の数学的な記述」「形態の自動生成」といった試みが、1991年から2000年にかけて行われたAny会議2を通して磯崎新によって改めて取り上げられ、注目を浴びます。このとき、設計方法論はいわば再発見される形で、そのアクチュアリティを回復したわけです(彼の作品もまた建築界からは受け入れられず、アレグザンダーの二の舞となるのですが……)。

 さて、こうした設計方法論に関する一連の議論の展開は松川さんも『設計の設計』(2011年、INAX出版)で取り上げられていますし、例えば藤村(龍至)さんもこの枠組みを発展させた議論を展開していましたよね。しかし今日お聞きしたいのは、このような整理が可能になった背景で、コンピュータという技術がどのような役割を果たしてきたのか、という点です。


アヴァンギャルドとしての設計方法論の歴史/CC BY-SA 作成:中村健太郎

1.クリストファー・アレグザンダー:ウィーン出身の建築家。デザインに対する数理的なアプローチで注目を集め、60年代を代表する理論家の一人とされている
2.Any会議:1991年から2000年にかけて行われた、建築と哲学を架橋する連続国際会議。

2.他者の管理をめぐる技術革新

M 僕が『設計の設計』で「設計プロセス進化論」という論考を書いた時に気を付けたことは、設計プロセスにコンピュータを介在させることが良いか/悪いかという二項対立的な図式にならないようにしたことです。具体的には、コンピュータ以前の設計プロセス論も含めて、設計プロセスを八世代に分類し、その中に僕自身が研究・実践してきた「アルゴリズミック・デザイン」を位置づけることを試みました。一見遠回りのようですが、そのほうが設計プロセスにおける情報テクノロジーの役割がよく見えてきます。なので中村さんからの質問にちゃんと答えるためにも少し遠回りをさせてください(笑)。

N おねがいします。

M まずは議論の前提として、アレグザンダーによるデザインの定義を確認させてください。アレグザンダーはデザインの最終目的は形であるとした上で、その形と環境のコンテクストとの適合が重要であると述べています。より簡易のために「コンテクスト」を、形態に要求されるさまざまな「かち(価値)」と言い換えれば、デザインとは「環境の〈かち〉に適合した〈かたち〉をつくること」であるといえます。


松川昌平(まつかわ・しょうへい)1974年生まれ。000studio主宰、慶應義塾大学環境情報学部准教授。1998年東京理科大学工学部建築学科卒業。1999年000studio 設立。2009-11年文化庁派遣芸術家在外研修員および客員研究員としてハーバード大学GSD在籍。建築の計算(不)可能性を探究。アルゴリズミック・デザインの研究、実践を行なう。共著=『アルゴリズミック・アーキテクチュア』『設計の設計』他

 このデザインの定義を踏まえた上で、プレ・モダンな設計プロセス──アレグザンダーがいう「無自覚なプロセス」や、ジョン・クリストファー・ジョーンズ3のいう「手工業的なプロセス」──とモダン以降の設計プロセスの違いをみると、「他者」という重要なキーワードが浮かび上がってきます。

 ジョーンズや建築史家のマリオ・カルポ4も指摘していますが、プレ・モダンとモダンをわける最大の要因は、図面というノーテーション(表記法)の発明です。図面というリアルな建築物の複製技術によって、設計者は設計に、施工者は施工に集中できるし、利用者は実際に建築物が建つ前に確認できるというメリットがあります。その一方で、同じ〈かたち〉を見ても、設計者の〈かち〉とその他の「他者」の〈かち〉には必ずズレが生じてしまうというデメリットがあります。

 僕が「設計プロセス進化論」を書きながら気がついたことは、このような「他者」による〈かたち〉と〈かち〉のズレをいかに少なくするか、という問題を焦点として設計プロセスが進化してきたのではないかという仮説です。アレグザンダーの「形の合成に関するノート」もそうした問題を巡っているし、それに続く「パターン・ランゲージ」5も、そして近年では藤村龍至さんの「超線形設計プロセス論」6もそうだと思います。

3.ジョン・クリストファー・ジョーンズ: ウェールズ出身のデザイナー。1962年に「設計」を学際的な研究対象とする世界初の国際会議が開かれた際に、その主なまとめ役を務めたことでも知られる。
4.マリオ・カルポ - 建築史家。建築における設計メディアの役割に着目した歴史研究を展開。
5.パターン・ランゲージ:建築家のクリストファー・アレグザンダーが提唱した理論。都市に繰り返し現れる形態や構造のパターンをアーカイブし、それらを組み合わせることよってデザインを行う方法・実践。
6.超線形設計プロセス論:建築家の藤村龍至が提唱した理論。デザイン案の発展の履歴をひとつひとつの問題解決と対応させて記録することで、全てのデザイン条件を満足する形態を手戻りなく導く方法・実践。

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