製図からBIMへ──設計ワークフローを支えるメディア技術史:建築(家)のシンギュラリティ(1)(2/3 ページ)
建築学と情報工学の融合が進む昨今、これからの「建築家」という職能はどう変化していくのか――キーパーソンへのインタビューを通して、建築家の技術的条件を探る本連載。第1回は慶應義塾大学SFC教授の池田靖史氏とともに、古来の製図から現代のBIMに至るまで、建築製図技術の系譜について考えます。
3.製図と技術
I そうした方向というのを、ある時期まではどんどん効率化させていきました。数学的には構造計算が発達したりもしますが、主にユークリッド幾何学、3次元空間をベースにした記述様式が建築家に身体化されてゆく。その延長上に、モダニズムが現れる。このように、僕の建築に関する技術文明論的解釈は、製図法と、エンジニアリング、大量生産、機械化動力というのが結びつくんです。
そうすると、モノが“四角い”っていうことが、どれだけ象徴的に合理的かが分かる。他に問題がなければ、四角がいいに決まっている。なぜなら、動力による輸送の合理性があり、複雑な計算をしなくても面積とか体積とかがすぐに計算できて、エンジニアリングというベースに乗る。さまざまな利点で考えたときに四角いということが持っている良さは圧倒的です。よっぽど理由がないかぎりは四角だ、となる。今でもわれわれは、その時代の終わりの方にどっぷり浸かっているといって間違いない。なので、普通の建築教育も三面図から始まる。ものごとを垂直な三方向の投影図として考える。それがわからないと何も始まりませんよと教えている。
CADが出てきたからといって、こうした四角の優位性が無くなるかっていうと、そうはならない。なぜなら、前後左右上下という人間の認知的な制約があるからです。90年代以降に3Dモデリングが登場したことで、全く異なる3D認知のあり方が生じるだろうと予言していた人たちもいましたが、僕はそうではないと思う。
とはいえ今は、もちろん昔に比べるとオーソドックスな四角形や直方体に対する縛りを弱めることができるということを考えています。最近は「デジタル・コンストラクション」と呼ぼうとしていますが、XYZ座標軸を超えたデジタルな幾何学と、デジタル・ファブリケーション3(デジタルなものづくり)などの融合だというわけですね。
N 形態が図面や数式で表現しやすいということそのものが、産業構造全体と密接に関わっているということですね。だからこそ、デジタルな建築表現だけでは不十分で、デジタルな施工技術が組み合わさることで初めて、そうした製図の制約が一部解除されるというのも納得です。
I デジタル・コンストラクションにおいても、個人としての人間ではなく、チームとしての人間というのが見えてきます。先ほどの「ワークフローの管理」に引きつけてチームと協働について考えてみると、かつてはちょっとした形でも3次元投影ができない──つまり、三面図として描けないものをどうやって人に伝えるかということにすごく苦労したんだよね。だからガウディは粘土をこねていた。
N それは重用な指摘ですね。ガウディの「逆さ模型」4がなぜ特別な位置を占めているのか。あれは二次元の図面には投影できない形態を記述するための方法だったということですね。
I 双曲放物面という幾何学的法則で構成できると天才的に理解していたらしい。でもガウディはそれを伝達する方法を完全には持っていなかった上に、市民戦争で模型も図面も損われたため、サグラダ・ファミリアは建てるのにあんなに時間がかかっていた。ところが、そこにマーク・バリー5っていうオーストラリア人の研究者が、「ガウディがいっていることは数式に置き換えられるから、CAD上で調整できて、デジタルファブリケーションを使えばもっと早くつくれる」ってことを長年かけて解析した。
ここではデジタル・コンストラクションが、一人の人間が形を考え出す能力だけではなくて、多くの人間が協力してその形を実現するための社会的な能力を高めるという意味での革新をもたらしたと言えると思うんです。
N ガウディ以外の人でも、ガウディの思想・アイデアを共有できると。
I 青焼きのときもそうだったけど、現代のBIMっていうのも一人の人間の思考ツールというよりも、社会的な多数の人間による思考と協働を助けるツールとして考えたほうが腑に落ちる。
3.デジタル・ファブリケーション - コンピュータ制御の工作機材を用いたものづくりの技術。近年、機材の廉価化・簡便化を背景に利用者層を拡大させつつあり、注目を集めている。
4.逆さ模型 - サグラダ・ファミリアの設計にあたってガウディが制作したとされる、紐と重りの組み合わせで作られた模型。
5.マーク・バリー - 元ロイヤルメルボルン工科大学(RMIT)教授。サグラダ・ファミリアの設計にコンピュータによる解析・制作技術を持ち込んだことで知られる(https://mcburry.net/)。
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