関空の設計を手掛けた英「Arup」が選んだ構造解析シミュレーション:建築エンジニアリングの最新事例
ロンドンに本社を構え、シドニーオペラハウスや関西国際空港など世界的に著名な建築物を数多く手掛けてきたエンジニアリング/コンサルティング企業「Arup」。近年、複雑化する建築設計のニーズが高まる中、Arupでは構造やファサードの高度化したコンピュテーショナルデザインをアルテアが提供する各種ソリューションで具現化させている。
社会のあらゆる分野でデジタル技術の活用が急速に進む中、建築設計の領域でもコンピュータを活用したシミュレーション解析が注目されている。その一例が、高層ビル周辺の風の流れを可視化する環境シミュレーションだ。従来は専用の実験施設で大型模型を用いる「風洞実験」を行う必要があったが、数値流体解析シミュレーションでは設計の変更や周辺環境の変化が生じても柔軟な対応が可能だ。
世界的なエンジニアリング/コンサルティング企業の「Arup(アラップ)」は、複雑な建築設計に対応する解析やシミュレーションの技術を核に、建築/土木に関する社会課題の解決に挑んでいる。Arupの高度な設計技術を支えるのが、アルテアエンジニアリング(以下、アルテア)のソリューション群だ。
Arupが世に送り出す世界的にも著名な建造物を設計する過程で、アルテアの製品群はどのように貢献しているのか、構造設計とファサードエンジニアリングを担当する後藤一真氏と天野裕氏に聞いた。
Arupの強みは「建築家の創造性を引き出しながら、安全性と快適性を高める提案」
Arupは英国ロンドンに本社を置き、世界34カ国94拠点で設計者やエンジニア、プランナー、コンサルタントなど約1万8000人のスタッフを擁する国際的な技術集団。建築、土木、設備の設計やプランニングをはじめ、流体解析や風環境、ライティングデザインといったテクニカルコンサルティング、さらに洋上風力発電、鉄道、サスティナビリティコンサルティングなど幅広い領域をカバーしている
Arupが掲げる理念で、強みにもなっているのが「トータルデザイン」のコンセプト。建築家の創造性を最大限に引き出しながら、解析技術などを活用して安全で快適な環境を実現する提案を行っている。シニア 構造エンジニア 後藤氏は「株式会社ではない組織形態を生かし、さまざまな利害から独立した立場で最適なソリューションを提案できることも強み」と語る。
1989年に設立された東京事務所には約100人のスタッフが在籍し、このうち7割がエンジニア。後藤氏によると「日本では建築をはじめ、洋上風力発電、鉄道、サスティナビリティコンサルティングなどの業務が行われているが、特に建築関係のプロジェクトで引き合いが多い。耐震設計や構造設計に加え、構造のジオメトリ解析や特殊解析、光/熱/空気/音環境に関するビルディングフィジックスも手掛けている」という。プロジェクトごとに構造設計や設備設計、ファサードなど異なる専門分野を持つエンジニアがチームを編成している。
信頼性の高い構造解析に欠かせないアルテアのHyperMesh
Arupの構造設計で欠かせないのが、アルテアの「HyperMesh(ハイパーメッシュ)」だ。アルテアを代表するツールの1つで、複雑な形状をしたCADモデルを解析するための前処理「メッシュ生成」を高い精度で効率的に実行できる。
後藤氏はHyperMeshについて、「とてもきれいなメッシュが切れる。有限要素解析はメッシュの形状がきれいでないと正しく評価することができない。効率的にメッシュ作成が可能で重宝している」と評価する。自由曲面などの複雑な構造物の設計では、通常の梁(はり)要素による解析とは異なる複雑な力のかかり方を評価する必要がある。前処理の段階で適切な要素分割ができなければ、その後の解析で正しい評価結果が得られない。だが、エンジニアとしては、前処理のメッシュ生成にはなるべく時間を費やしたくない。HyperMeshを使うことで、短時間で負担なく要素分解を終えられる。意匠性の高い建築物の構造設計を受注することの多いArupでは、解析精度の品質を確保する上で、HyperMeshが重要な役割を果たしている。
ArupがHyperMeshを活用した事例の1つに、大阪市の「うめきた公園」に作られた大屋根イベントスペースがある。複雑な形状の大屋根では着地点に大きな力が集中する。着地点に生じる力を分析するために複雑な構造計算が必要となったが、HyperMeshを活用して複数のオプションを検討したことで、デザイン性と構造強度が両立する架構を完成させた。
ArupではHyperMeshを中心にアルテアのソフトウェアの活用を進めてきたが、利用頻度の増加と解析内容の複雑化に合わせ、ユニット形式のライセンスサービス「Altair Units(アルテア ユニッツ)」の導入を決定した。
Altair Unitsは数多くのソフトウェアをパッケージ化し、必要なものを必要なときに自由に選べる。個別に購入するよりも低コストで拡張性も高く、組織内で共有も可能だ。ラインアップは8種類で、利用者のプロフィールや用途別にソフトウェアの構成内容が異なる。
利用料金はユニット(利用ポイント)を事前に購入するスタイルで、購入したユニットはライセンスプールサーバに保管し、使用する際に引き出して製品にアクセスする。ソフトウェアを閉じるとユニットはプールに戻され、他の人が利用できるようになる仕組みだ。ユニット数のカウントはスタック(積み重ね)方式ではなく、最も使用が多かった製品でレベリングするレベルド(標準化)方式を採用しているため、コストダウンにもつながる。
Arupが採用したのは、Altair Unitsの中でもエンジニアやアナリスト向けの「ME(Mechanical Engineer)」だ。 HyperMeshや構造解析ツール「Inspire」、数値流体解析ツール「AcuSolve」や高速メッシュレス構造解析ツール「SimSolid」、構造最適化ソルバー「OptiStruct」など、さまざまな構造解析に対応可能なソフトウェアが含まれている。
ファサードエンジニアリングでもAltair Unitsが活躍
Altair Unitsが提供する複数のソフトウェアは、Arupが手掛けるファサードエンジニアリング分野でも有効活用されている。ファサードエンジニアリングは、建物の外装でデザイナーや建築家が考案した意匠を実現するために総合的な技術コンサルティングを行う役割となる。構造から環境設備までの豊富な知見だけでなく、高度な検証環境も必要で、Altair Unitsのソフトウェア群は多様なデザイン検討のニーズに応えられる。
シニア ファサードエンジニア 天野氏は「昨今の環境意識の高まりにより、建物から排出されるCO2をいかに減らすかが問題になっている」と語る。これまでは運用時の「オペレーショナルカーボン」を減らす取り組みが重視されてきたが、最近は建設時の「エンボディドカーボン」の削減も重視されるようになった。そのため、環境性能の高い建材を採用する以外にも、形状の最適化で材料自体を減らすアプローチが必要になっている。
また、省エネのために、なるべく空調に頼らず建物内の快適性を確保するには、自然換気を効率的に取り入れる工夫が求められる。従来の解析ソフトでは、数ミリ単位のスリットなども含む開口部を全て組み合わせて流体解析を行うことが難しかった。InspireやOptiStruct、AcuSolveならば、こうした高度な解析も可能になる。
強力な解析環境のために、クラウドの計算リソース「AUL-VA」を導入
Arupの東京事務所ではAltair Unitsを現在、各エンジニアが自身のPCにソフトウェアをインストールし、ライセンス認証を経てローカル環境で使用している。ただ今後、大規模解析の需要増が見込まれるため、アルテアがクラウド上で提供するGPUを含む強力な計算リソース「AUL-VA(オールバ)」も追加する予定だ。
都市開発などの大規模プロジェクトでは、広範かつ詳細な解析が欠かせない。ハイスペックなハードウェアが必須になるが、大規模解析が発生する案件は限られており、自前で用意するのは効率が悪い。
AUL-VAは申し込みから最長10営業日で、クラウド上に自社の用途にジャストフィットする計算環境が構築される。使用料はAltair Units同様に事前購入のユニットで支払うため、利用料の把握やコントロールも容易だ。資産管理や減価償却などの手間がなく、強力な計算資源が4カ月単位で手に入る。
Arupがアルテア製品を選ぶ理由
天野氏はアルテア製品の利点として、ユーザーインタフェース(UI)の統一を挙げる。「各種ソフトウェアのUIがHyperMeshベースのため、他のソフトウェアでも迷わずに扱える。まだ使ったことがないソフトを試したいときやマルチタスクで作業する人がいても操作に戸惑うことがない」(天野氏)。
Arupではアルテアに対し、技術サポートが必要な際はメールによる問い合わせの他、講習会にも参加して知見を深めている。また、アルテアのソフトウェアを使用して大規模解析を行う前に、サンプルデータを使用した解析方法のアドバイスといった伴走型の支援も受けている。
後藤氏からは「グローバルで使えるライセンスがあると良い」との要望もあった。案件ごとにチームを編成するArupでは、各国の設計者が連携することも多い。データ共有が容易でライセンスが手軽にシェアできる仕組みがあれば、シームレスな作業環境が構築できる。
アルテアではリージョンを横断して使えるライセンスもリリースしているが、現時点ではライセンス数などに制限がある。後藤氏は「その点が改善されれば、海をまたいだ高度な設計環境が整う」と期待を寄せた。
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提供:アルテアエンジニアリング株式会社
アイティメディア営業企画/制作:BUILT 編集部/掲載内容有効期限:2024年1月4日